パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

数学科を卒業した後の数学との付き合い方

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

こうやって何年もブログを続けていると,自分が昔何をやっていたかというのは意識して振り返らなくても気づかされるものですが,今でも数学関連の記事がよく読まれている(読んでいただけている)ようですね.

ありがたいことですが,今私は数学とはだいぶご無沙汰しているので,ちょっと居心地の悪さというか申し訳なさを感じてしまいます.

数学を再開しないのかと人に訊かれますし自分でも考えますが,複数の理由により再開は可能性はあるものの難しそうと思っています.


具体的な成果をあげるのが難しい

プログラミングなら製品をリリースするのが「具体的な成果」ですが,数学の世界における成果とは論文を出すことです.つまりは研究ですね.

研究をしようとすると適切な先生に指導を受けることが必須ですが,これは大学に戻らない限り不可能です.

しかし大学での研究というのは労働環境としてかなり厳しいもので,

  • まったく給料が出ないことが普通

  • それどころか学費を払わなくてはならない.しかも高い

  • 勉強して最前線に辿り着くのが大変で,辿り着いてもそれはスタート地点に過ぎない

  • 休日や休みはない.休むのは勝手だが,その結果論文が出せなければそのツケは全部自分で払うことになる

と悪条件が揃っていますのであまり大学には戻りたくないのです.

趣味であると割り切り,研究をすっぱりあきらめて好きな本を読み進めるというのも可能ではあります.

しかしその場合は当たり前ですが成果が全く出ないので,せっかく頑張ったことが誰にも褒められないということになります.

数学の勉強が楽なものであればそれでも構わないのですが,実際には勉強するだけでもかなりの労力が必要で,それが「ただの趣味」として片づけられるのはかなりもったいない話です.すごいね!と言われたいです.


開発につなげるのが難しい

上記のように,学問としての数学の世界で成果を出すのは茨の道であると思いました.それでは,もっと俗っぽいアプローチではどうでしょうか?

たとえば,数学を応用して何か製品が作れないでしょうか.


結論から言うと,これも結構難しいです.

保険・金融の世界は数学を必要としますが,商品単体では意味をなしません.ひとりで製品案だけ考えても仕方ないじゃないですか.

取引アルゴリズムを作ればそれは製品としてリリースできますが,そんなテストしづらそうなもの私は作りたくないです.

暗号やセキュリティの世界でも数学を使います.しかし,認証や暗号化のような重要な処理はライブラリに任せることが多いでしょうから,自分で勉強したからといって製品に組み込めるわけではないでしょう.

機械学習を自分でやることはゲームやアプリの開発等でありそうですが,やったことがないのでわかりません.これも基本的にはライブラリを引っ張ってきて終了だと思います.

SageMath などの数値計算 OSS に貢献すればそれはだいぶ自慢になりますが,数学的にも開発スキル的にもレベルが高すぎて私や大多数のひとには無理ですね…….


競技人口が少なすぎる

大学卒業後「数学を使った競技に参加する」というのは結構,数学との良い付き合い方だと思います.

ただ私が調べた限りでは「可能性はある」もののやはり難しそうでした.


まず,数学をしっかりと使う競技というのはだいぶ限られています.大学等が主催する競技数学は基本的に学生向けですし,全年齢向けがあったとしても開催頻度が「年1回」とかだったりします.

競技プログラミングはかなり良い線を行っていますが,代数学や解析・幾何といった大学で習うような数学とは関係がないため,これを数学の応用とは言いにくい気がしますね.

CryptoHack のような CTF は暗号を解読する過程で代数学の知識をかなり使うので数学の応用といって差し支えないと思いますが,いかんせん土台がしっかりしていません.いま例に挙げた CryptoHack も良いサイトなのですけど毎週コンテストを行っているわけではないので,競技プラットフォームとしては問題があります.

Project Euler という離散数学の問題を解くプラットフォームもあるのですが,いかにも数学を趣味として楽しんでますという風で気が引けますね…….Hacker Rank というよく知られた競技プログラミングプラットフォームに Project Euler からの問題の輸入があるので,支持を集めているようですが.


まとめ

数学との付き合い方がわからない,世の中は数学を求めていないのだろうか.悲しいな……と嘆く記事を書くつもりだったのですが,書いているうちに少し可能性が見えてきましたね.

  • Project Euler のような離散数学をプログラム支援により解く形式のプラットフォームは,世間的にはぎりぎり「競技プログラミング」として認識されているようなので,これをやるのはあり

  • 機械学習や暗号の知識を使って製品を作るというのも,きちんと勉強すれば意外とできるかもしれない.特に機械学習は Kaggle という人気のあるプラットフォームがある

というあたりに可能性がありそうでした.

これでもう「君は数学を勉強したので,論理的な思考力がある」などと知った風なコメントをされることもなくなるでしょうか?

引き続き勉強ですね.


2023/02/21 追記

ちょうど昔,同じテーマで次のような記事を書いていました.