はじめに
私がまだ大学にいて,学生だったころ.
生物の授業を取っていました.
単位が足りなくてしかたなく取った授業でしたが,これが案外おもしろくて毎週楽しみにしていました.
体の表面の縞模様はなぜできるかとか,貧富の差がいかに簡単に生じるかとかいった話を聞いたのを覚えています.
中でも印象に残っている話に,「道を選ぶ大腸菌の話」があります.
なんとなくふっと思い出したので,今回はその話をご紹介します.
私は生物には全然詳しくないので細部には間違いがあるかもしれませんが,たとえ話としてお聞きください.
道を選ぶ大腸菌
さて.
大腸菌というのは,とても小さくて原始的な生物です.
ですが「どっちの方向から餌のニオイがするか」という程度のことは感じ取ることができます.
もう少しきちんと言うと,大腸菌は餌の濃度が「自分の周りで」どういう勾配になっているかを知ることができます.
しかし全体的に餌がどのように分布しているのかまでは大腸菌にはわかりません.
この前提の下で,なるべく多くの餌にありつくために,大腸菌はどうするでしょうか?
最初に思いつく方法は「常に餌のニオイが最も強い方向へ泳ぐ」という方法です.これは山登りをするときに,頂上へたどり着くために「常に最も傾斜のきつい坂道を上る」というのと同じような方法です.
最終的に上へ行きたいのだから各段階でも上を目指そうというわけで,もっともな方法です.
しかしこの方法には大きな欠点があります.それは,小さな丘に登ってしまうかもしれないということです.
山の頂上以外に盛り上がっている箇所がなければ常にうまく行くのですが,フタコブラクダのこぶのように何か所も盛り上がったところがある場合にまずいですね.
どうすればもっと上手くやれるでしょうか?
実は大腸菌はおもしろい方法でこの問題を解決しています.
それは,「敢えてランダムなふらつきを入れる」ことです.それもただサイコロを振るのではなくて,餌の濃度が低いほど多くふらつき,高いほど素直に餌のニオイが強い方向へ進むようにするのです.
単にランダム移動を入れるだけだとせっかく上った山から降りてしまうことになるので,いつまでも移動し続ける羽目になりますが,「高いところにいればいるほど,素直に傾斜のきつい坂道を選ぶ」というところが気の利いた工夫です.この工夫が,低い山で満足してしまうことを避け,かつせっかく上った山から降りてしまうことも避けるという,一石二鳥に働くのです.
どうですか,大腸菌は意外とかしこいでしょう?
人生と大腸菌
上記のお話を語り終えた後,先生は「この話には大事な教訓があります」と言われました.
それは「新しいことに挑戦するのをやめてはいけない」ということだと.
年齢を重ねてくるにつれて,今までのやり方を踏襲したいという誘惑はどんどん強くなります.それは不自然なことではなく,経験が増すとともに誰もが考えることです.
しかし,新しいことに挑戦して「ふらつく」ことが,成長のために常に必要なんです.
今後新しいことに挑戦するかしないか迷ったときは,私の大腸菌の話を思い出して下さい…….
そういって先生はお話を締めました.
私が思ったこと
私は数学科の学生ですので,先生の言われている大腸菌のお話が Simulated Annealing であることにはすぐに気づきました.
それでも「なぁんだ知ってる知ってる」とはならず,賢くなったなぁと思いました.
以来たまに「そういえば大腸菌の話があったな……」と思い出しては,何か思い切ったことをするときの言い訳に使っています.Apple Watch を買ったときも思い出したかも.
大学の授業ってたまに印象に残るのがありますね.