パンの木を植えて

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p進数はどのようにして発想されたのか - Gouvéa『p-adic Numbers』

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

今日は $p$ 進数についての本を紹介します.Gouvéa の『p-adic Numbers』です.

p進数のわからなさ

学部生のころから,「$p$ 進数ってなんだかよくわからないなあ」と思い続けてきました.

整数論に関係あるということ,そして「素数 $p$ でたくさん割れる数ほど”小さい”とみなす」という独特な距離が入っていること……学部生の頃に私が知っていたことはそれくらいでした.

私は整数論を雪江先生の本で勉強したのですが,あの本には第1巻から $p$ 進数が出てきます.第2巻にも出てきます.だから「大事なんだな」ということは理解できましたが,しかし腑に落ちていない部分がありました.

そもそもどのようにして $p$ 進数という発想に至ったのか.定義を見ている限りとても恣意的で技巧的なことをしているように見えるが,こんなの何を食ったら思いつくのか.

そして,$p$ 進数の理論はいったいどういう問題を解こうとしているのか….

そういう疑問を私は抱き続けていました.

疑問

$p$ 進数の発想にたどり着くことが自然だと思えるのは,どうしてなのだろう?

学部を卒業してからも納得できておらず,いろいろと本を探していましたが,今回初めて良さそうな入門書を発見したので(まだ全然読めていませんけど)紹介しようと思いました.

本の内容紹介

まだ通読してはいませんので当然内容をしっかり紹介することはできませんが,$p$ 進数の発想にいかにして至るのかというところは読みましたので,ここで紹介してみます.

多項式環と整数のアナロジー

まず出発点は,多項式環と整数の類似に気づくことです.

複素数体上の多項式環 $\mathbb{C}[x]$ を考えます.代数学の基本定理により,どんな多項式 $f \in \mathbb{C}[x]$ も1次式の積で表せます.(簡単のために $f$ はモニックであるとします)

つまり

$$ f(x) = \prod_{i=1}^n (x - α_i) $$

を満たすような複素数の組 ${ α_i }$ が存在します.そしてこの展開は一意的です.

これは,整数にちょっと似ていますね.整数の世界でも,任意の整数 $n \in \mathbb{Z}$ は素数の積として一意に展開できるのでした.

つまり1次式 $x - α$ と素数 $p$ を対応させるような,多項式環 $\mathbb{C}[x]$ と整数 $\mathbb{Z}$ のアナロジーが存在することになります.

graph LR; A(素数p) --> B(1次式) subgraph 整数 A end subgraph 多項式 B end

なかなか興味深いアナロジーですね.このアナロジーを推し進めてみましょう.

Taylor展開

多項式の性質として,任意の複素数 $α \in \mathbb{C}$ の周りでの多項式の局所的な振る舞いを調べられるということがあります.Taylor 展開というやつです.

たとえば $f(x) = x^ 2 + 3x + 2$ を $α = 1$ の周りで展開すると

$$ f(x) = (x - 1)^2 + 5(x-1) + 6 $$

となりますね.このようにして,多項式はある複素数の周りでの振る舞いをピックアップすることができます.

整数でもこれに類することができるでしょうか?

一次式 $x - α$ は整数では素数に相当するわけですから,素数 $p$ に関して展開することができるか?ということが問題になりますが,これは可能ですね.

たとえば $n =32$, $p=5$ ならば

$$ n = p^2 + p + 2 $$

と展開することができます.

なるほど.これでまた一歩アナロジーが前進しました.

graph LR; A(素数p) --> B(1次式) A1(p進展開) --> B1(Taylor展開) subgraph 整数 A A1 end subgraph 多項式環 B B1 end

さらに推し進めてみましょう.

有理関数体と有理数のアナロジー

多項式環 $\mathbb{C}[x]$ は整域で,商体を考えることができます.

商体は $\mathbb{C}(x)$ と表記され,有理関数体と呼ばれます.

有理関数 $f \in \mathbb{C}[x]$ もTaylor展開することができますよね.

たとえば,$f(x) = x/(x-1)$ として,$x=0$ の周りでTaylor展開してみると

$$ f(x) = x + x^2 + x^3 + \cdots $$

というベキ級数を得ます.

なるほど.では整数の世界におけるこれの類似を見つけることはできるでしょうか?

多項式環から見た有理関数体 $\mathbb{C}(x)$ は,整数 $\mathbb{Z}$ から見た有理数体 $\mathbb{Q}$ に相当しますよね.

ベキ級数展開はどのように真似すればいいでしょうか?

具体例を見てやってみましょう.$r = 1/2$ を素数 $p=5$ の周りで”Taylor展開”してみます.

$$ \frac{1}{2} = \frac{1}{5} \times 2 + \frac{1}{10} $$

から出発したくなりますが,これでは類似になっていません.

有理関数体において $f(x) = x/(x-1)$ を $x = 0$ の周りで展開するときに,まず $1/x$ を括りだしましたか? $f$ は $x=0$ で極を持たないのですから,そんなことはしませんよね.

したがって,整数の世界で類似するにしても $1/5$ からではなく $5$ から始めるべきです.なぜなら分母の $2$ は素数 $5$ で割り切れないからです.

というわけで,$1/2$ を $5$ で割らなくてはなりません.余りは $0$ 以上 $4$ 以下の整数でなければならないという制約を加えて

$$ \frac{1}{2} = 5q + r $$

を満たす有理数 $q$ と整数 $r$ を見つけるわけです.ただし $q$ の分母に $5$ があってはいけません.(この $q$ に対する制約も,多項式のアナロジーからすれば自然なものです)

そうすると

$$ \frac{1}{2} = 5 \times \frac{-1}{2} + 3 $$

が答えであることがわかります.

さらに続けましょう.今度は $-1/2$ を $5$ で割ります.そうすると

$$ \frac{-1}{2} = 5 \times \frac{-1}{2} + 2 $$

となります.割る数と商が同じになりましたね.ということは,無限に続くということです.つまり

$$ \frac{1}{2} = 3 + 2 \times 5 + 2 \times 5^2 + \cdots $$

というわけです.

めちゃくちゃな式に見えますが,形式的には筋が通っています.この奇妙に見える式をどのように正当化するかはそれはそれで面白いトピックですが,その話をすると本題からずれてしまうので割愛します.

もう少し具体例をみましょう.

分母が $5$ で割り切れる場合はどうでしょうか?このときに $p=5$ の周りで”展開”することはできるでしょうか?

これも,多項式の場合のアナロジーにヒントがあります.$x=α$ のまわりで極を持つ関数を $α$ の周りで展開する場合は,Laurent 展開するんでしたよね.

それをそのまま整数の世界で真似すればよいのです.

たとえば $r = 1/10$ ならば,$p=5$ の周りで"展開"すると

$$ \frac{1}{10} = 3 \times \frac{1}{5} + 2 \times 1 + 2 \times 5^1 + \cdots $$

となるわけです.

これで,アナロジーを有理関数体と有理数の間に拡大することができました.

graph LR; A(素数p) --> B(1次式) A1(p進展開) --> B1(Laurent展開) subgraph 有理数 A A1 end subgraph 有理関数体 B B1 end
まとめ

このように考え進めていくと,結局 $p$ 進体 $\mathbb{Q}_p$ というのは,多項式の世界における Laurent 級数体 $\mathbb{C}( ( x-p ) )$ に相当することがわかります.

$p$ 進体なんてどうやって思いついたかわからないというひとであっても,Laurent 級数体にさえ馴染みがあれば,そのアナロジーで $p$ 進体を理解できるということですね.

以上が本の冒頭の内容でした.天下りな定義が一切ない素晴らしいイントロでしたね.