パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

p進解析

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

前提知識

graph TB; A(START) --> B(線形代数) & C(微積) ; C(微積) --> D(位相空間論) --> E(複素解析); B --> F(群論) --> G(Galois理論) & I(初等整数論); G & E & I --> H(p進解析)

初等整数論が必要です.実際 $p$ 進数は整数論の文脈で主に登場するものですから,これは理に適って見えるはずです.


Galois理論が必要だと書いているのは,体とその拡大を考えるからです.Galois対応はあまり出てきません.


複素解析が必要と書いているのは,複素解析の定理を使うからではありません.$p$ 進体 $\mathbb{Q}_p$ はある意味で Laurent級数体 $\mathbb{C}( (t) )$ の類似と見做せるので,$p$ 進体のイメージを掴むために知っておいた方がいいと思うからです.


概要

graph LR; A(p進解析) --- B(p進体, p進ノルム) & C(Henselの補題) & F(積公式) & D(局所大域原理) & E(p進体の拡大体);

有理整数環 $\mathbb{Z}$ と複素数体上の1変数多項式環 $\mathbb{C}[x]$ には,どちらも任意の元が分解できるという共通点があります.整数は素数の積に分解できますし,多項式は1次式の積に分解することができます.

このアナロジーをさらに押し進めることができて,有理数体 $\mathbb{Q}$ と有理関数体 $\mathbb{C}(x)$ にもアナロジーを拡張することができます.このときに,有理関数 $f \in \mathbb{C}(x)$ は適当な複素数 $α$ の周りで Laurent級数展開できますが,これに相当するのが $p$ 進展開です.

$p$ 進体 $\mathbb{Q}_p$ は「有理数体の完備化」という意味では実数体 $\mathbb{R}$ とアナロジーがあるのですが,上述のように Laurent級数体とのアナロジーもあるので,両方知っておくとよいです.

$p$ 進体のことを「局所体」ということがあるのは,Laurent級数のように「局所的な」情報を取り出しているように見えるからです.


実数とのアナロジーも有効で,実解析におけるNewton法の類似をp進体の上で行うことができます.これが有名なHenselの補題で,これを使うと多項式が $p$ 進体の上で根を持つかどうかをかなり簡単に判定することができます.


それで,$p$ 進体をどこで使うかですが,局所大域原理が重要です.これは「局所的な解を貼り合わせて大域的な解を得ることができる」というちょっと不思議なことを主張したもので,不定方程式論で基礎として重要になります.もちろん常に成り立つわけではなくて,2次形式のときだけなんですが,それでも強力です.

局所大域原理によって,2次形式が非自明な有理数解を持つかどうかは比較的容易に決定することができるので,それを踏まえて「では整数解はどうか」とか,「では3次式はどうか」というふうに話が進んでいったりします.


文献

Gouvéa『p-adic Numbers』

定義と性質を天下り的に書くだけという本が世の中にはたくさんありますが,この本は違います.$p$ 進数がどのように発想され,どのような問題を解決してくれるのかというところをしっかり解説してくれます.とてもお勧め.


雪江『整数論1』

日本評論社から.タイトルに「初等」と書かれているので簡単そうに見えますが,まじめに読み通そうと思うとそれなりに前提知識を要します.群論と,環と加群の理論はもちろん,Galois理論も必要です.

そしてこれは著者のクセだと思うのですが,導入した概念の直観的イメージや動機を語る代わりに,さらに進んだ話題が散発的に書かれているので読みにくいです.読者が求めているのは豆知識ではありません.事実だけをぽつぽつと書くのではなく,たとえばヘンゼルの補題は実解析におけるNewton法の類似になっているなどの発想の経緯の話をもっと補ってほしかったです.

また「数論的関数」の章が唐突に始まって唐突に終わるのも良くないです.あと,デデキント環に対して見慣れない仮定をおいているのもいやらしいですね.

そういうわけで,あまりお勧めできません.なお同じ著者による整数論2も必要な予備知識が多く,雪江「代数学1~2」を読んでいても苦戦することになる上に,やはりイメージや発想の経緯の説明などが乏しいためやはりお勧めしません.


Serre『A Course in Arithmetic』

古い本ですが,名著と呼ばれており,2次形式についての局所大域原理の証明を読もうとすれば,たいていこの本に辿り着くほどです.

高々130ページ程度の薄い本なのですが,駆け足でモジュラー形式まで話が進んでしまうので,通読に適しているとはちょっと思えません.