パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

ミリしら勢に語る数学の話 - 根性論とベストセラーとの共通点【no free lunch 定理】

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

「ミリしら」というのは「1ミリも知らない」の略です.

タイトル通り,数学を全く知らないひと向けに数学っぽいお話をお届けすることを目指した記事です.

あくまで「数学っぽい」だけで数学ではないのですけど……細かいことは気にしないでください.

さて今回のテーマは「根性論とベストセラーの共通点」です.どんなものが思いつくでしょうか.

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\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\R}{\mathbb{R}} \newcommand{\C}{\mathbb{C}} \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} \newcommand{\F}{\mathbb{F}} \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %%% カリグラフィー %%% \newcommand{\calf}{\mathcal{F} } \newcommand{\calg}{\mathcal{G} } %%% 引数を取るもの %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \newcommand{\im}{\operatorname{im} } \]

no free lunch 定理

標題のなぞかけはひとまず措いて,まず数学の話をします.

最適化界隈には no free luch 定理というのがあります.no free lunch というのは「無料の昼食なんてものがあるわけないだろう」という意味の格言からつけられた名前です.

おおむね,「あらゆる問題で良い成果を上げる最適化戦略は理論上不可能である.ある戦略が他の戦略より性能がよいとしたら、それは現に解こうとしている問題に対して専門化されているから」と主張しています.

ちょっとわかりにくいでしょうか.

薬で例えるなら,こうなります.

万能の特効薬などというものは存在しない.

あるのは万能の気休めと,個々の病気の特効薬のみである.

この方が多分イメージしやすいでしょう.

要するに,高い効果を上げるにはその状況を上手く使った地道な個別の方策が必要であって,横着して強い一般論でどかんと一気に片づけようとしてもあまり効果はない,と言っているわけです.やっぱり横着はよくないし,都合の良い夢のアルゴリズムなんてものはないのです.


これは,数学をやっているひとには「わざわざ定理として述べるほどのものか?」と思えてしまいそうなくらい,自然に受け入れられる主張だと思います.

何か特別な対象についての強い定理を示すのに,すべてのものについて成り立つような定理だけを使ってうまくいくわけがない……とか,直観ですぐわかりますよね.与えられた仮定はやっぱり使わないとね.

数学ではこのように,特殊な対象の話なのに一般に成り立つ考察をするとか,問題の仮定をすべて使わずに考察することを自明な考察をすると言いますが,ここで「自明」つまり「あたりまえ」という否定的な言葉が使われているのには,そういう理由があるわけです.


根性論について

さて根性論の話に戻りましょう.

根性論といえば,何を思い浮かべますか?

時代遅れ,効果がない,うさぎ跳び……などなどでしょうか.

現代では根性論は「効果がないから,指導の現場で持ち出してはいけない」と思われているようです.


でも私は違うと思うんですよ.結論は正しいにせよ理由が間違ってる.

根性論は,実際に効果があるんですよ.それもどんな状況でも一様に効果がある.そしてそれゆえに効果が薄いのだと思うんです.

どういうことかというと,さっきの no free lunch 定理を思い出してください.根性論はさっきの話で言うと,「万能の気休め」に相当すると私は言いたいんです.

根性論というのは,個別の問題の構造に対して何ら情報を使っていない方法論です.とりあえず気合を入れる.とりあえず頑張る.とりあえず我慢する…….そういう方策は,どんな問題であっても使えます.そして,問題に固有の構造をまるきり無視しています.だから,具体的な問題をひとつ取り上げた場合には,根性論がいちばん効果的な方法であることはまずないのです.

根性論に効果があるというのは,「構造がまったくつかめず,根性論しか適用できない問題」を例として考えてみればわかります.問題に固有の有用な手法が発見されるまでは,根性論でしのぐしかないですよね.

また,なぜこれほど根性論が幅を利かせているのかに対する回答にもなっています.「つねにわずかながら効果があり,根性と言っておけば細かいことを考えずに済むから」という理由が考えられます.根性論に効果がないと断言してしまうと,根性論がかつて人気だった理由がわからなくなってしまいます.(そして「あれ?根性論効果あるじゃん」となって再び根性論にハマります)


ベストセラーについて

ここまで来れば,ベストセラーについての話もだいたい予測できるでしょう.

ベストセラーというのは「多くのひとに売れた本」です.しかしながら,全ての人に高く評価されるわけではありません.むしろ「ただ売れただけの本」みたいな低評価が支配的だったりします.なぜそうなるのかというと,やはり no free lunch 定理を思い出してもらえばよいです.

ある特定の種類のひとびとに高く評価される本というのは,そのひとたちの琴線に触れる何かを持っているわけです.逆に言えば,それは他のグループのひとには全然刺さりません.だから,一部で高い評価を得ている本でも売り上げとしてはあまり良くないということが頻繁に起こるのです.

ピケティの『21世紀の資本』は専門書であるにも関わらずベストセラーになりましたが,ああいうのは例外です.(反例だ!とか言わないでください.結構ガバガバな議論である自覚はあります)


まとめ

結論として,標題の問いに戻りましょう.

根性論とベストセラーの共通点は,no free lunch 定理で主張されている「万能の気休め」に相当するということですね.汎用的であり,そしてそれゆえに個々の問題に対しては役に立っていない.

注意なんですが,今回の話は no free lunch 定理の正確なステートメントも引用していませんし,非形式的な,雑な話です.酔っぱらいの思い付き話程度の信用度しかないと思ってください.いいでしょうか.

でも,それなりに数学的な話ができたと自分では思っています.

「特定の状況における仮定を使っていない,自明な考察だから~」みたいな議論って,数学をやり慣れているひとでないとなかなか思いつかないものなんですよね.

今回の話を,汎用性と効果のトレードオフについて考えるきっかけにしていただければ嬉しいです.