パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

【感想】ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]
\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\R}{\mathbb{R}} \newcommand{\C}{\mathbb{C}} \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %%% 引数を取るもの %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

あらすじ,または概要

力学系の教科書です.力学系とは,時間発展する系の挙動を解析する分野でありまして,典型的には $n$ 次元のベクトル変数 $x$ によって,

\begin{align} \f{d x}{d t} = f(x_1, \cdots , x_n) \end{align}

と表されるような系の定性的な振る舞いについて考えるものです.ただし $f$ は時間 $t$ に陽に依存してはいけません.

変数の個数 $n$ をその系の次元といいます.力学系を分類するには2つの基準が有用で,それは

  • 関数 $f$ が線形であるかどうか?と,

  • 次元 $n$ の値がいくつか?

です.線形な場合と非線形な場合,および次元が異なる場合では,系の振る舞いが全然違ったものになりえます.この本では特に非線形な場合を重視しています.なぜかといえば,線形な場合は解析的に解けることもあるし便利ではあるのですが,現実の系は往々にして非線形だからです.

この本の章立ては系の分類に基づいて,おおざっぱには次の3つの部分に分かれています.

  1. 直線上の系

  2. 平面上の系

  3. カオス

直線上の系

ロジスティック方程式

いろいろと具体例が挙げられていますが,たとえばある生物の個体数 $N$ が収容能力 $K$ の環境下でどのように変化するかを記述する数理モデルである,ロジスティック方程式を考えてみます.これは次の式

$$ \dot{N} = r N \left( 1 - \f{N}{K} \right) $$

で与えられます.ただし $\dot{N}$ は $N$ の時間微分です.

この方程式は解析的にも解くことができますが,解かなくても解の安定性を調べることができます.固定点が2つあり,それは $N = 0, K$ で,$N=0$ は不安定固定点になっており,$N=K$ が安定固定点になっていることがわかります.つまりは,環境収容力に個体数が漸近するわけですね.

分岐と昆虫の大発生

このように,1次元系では振動は起こらず,すべての解は発散するかある固定点に漸近するかのどちらかになります.これは直線というものの位相的構造によります.系の挙動が自明なら何が非自明なのかというと,流れの定性的な構造がパラメータにどう依存するかが非自明で,これを分岐と言います.

分岐の例として、ハマキガの突発的大発生のモデルが扱われます.これは式では

\begin{align} \dot{N} = RN \left( 1 - \f{N}{K} \right) - p(N) \end{align}

と書けます.$N$ はハマキガの個体数で,$R$ は増加率で $K$ は環境収容力(木に残っている葉の数)です.$K$ はゆっくりと変化するので,短期間での個体数の推移を考える時には定数だとしてよいです.$p(N)$ の項は,鳥に捕食されることによる死亡数を表します.ハマキガが少ない場合はほとんど捕食されませんが,ハマキガの数が増加すると $p(N)$ も鋭く増加し,そしてすぐに飽和するというような関数である必要があります.そこで,ここでは

\begin{align} p(N) = \f{ B N^2 }{ A^2 + N^2 } \end{align}

という式で表せるものとしておきます.

各パラメータの値にもよりますが,この方程式には固定点が一般には4つ存在しています.その安定性を調べると

  • $N=0$ の不安定固定点

  • 安定固定点 $a$.潜伏の固定点と呼ばれる.

  • 不安定固定点 $b$.

  • 安定固定点 $c$.大発生の固定点と呼ばれる.

という風になっています.したがって,不安定固定点 $b$ が閾値になっており,パラメータの変化によってこの不安定固定点 $b$ が $a$ と対消失したりすると,安定固定点が $c$ だけになるので突如大発生が発生することになるのです.これはサドルノード分岐と呼ばれるプロセスです.

平面上の系

平面上の系では,直線上よりも多様なダイナミクスが可能になります.たとえば,相平面上で軌道がある点に収束したり無限遠に発散したりせず同じところをぐるぐる回り続けるという,閉軌道が存在できるようになります.

また,固定点についても今までとは異なる挙動を示すものが現れます.固定点 $x^*$ において,$x^*$ の十分近くから出発するすべての軌道が $x^*$ に収束していく場合,$x^*$ は吸引的な固定点であるといいます.また,これとは異なる安定性の概念として,$x^*$ の十分近くから出発した軌道が,すべての時刻において $x^*$ の近くにとどまっている場合,それはリアプノフ安定な固定点であるといいます.直線の場合とは異なり,リアプノフ安定ではあるけれども吸引的ではない固定点が存在します.

線形系 $\dot{x} = Ax$ の場合には,行列 $A$ の固有空間を調べることで解の軌道がどうなっているかを調べることができます.少々強引ではありますが,線形2次元系で恋愛をモデル化することができます.ロミオとジュリエットという二人の人がいるとし,$R(t)$ をロミオが時刻 $t$ においてジュリエットのことを好きな度合い,$J(t)$ をジュリエットが時刻 $t$ においてロミオのことを好きな度合いとします.

そして実数 $a,b,c,d$ に対して

\begin{align} \dot{R} &= a R + b J \\ \dot{J} &= c R + d J \end{align}

と表されるとするわけです.係数行列の特性によりどういう軌道をとるかがわかります.ただしこれは実用的な恋愛のモデル化というよりは,授業で学生の目を引くための例という感じです.

他にもリミットサイクルの話が紹介されたりしているのですが,ちょっと私には難しかったので飛ばします.

カオス

3次元以上の系の場合には,カオスが現れることがあります.カオスとは,(1) 決定論的な系における,(2) 非周期的な長時間軌道であって,(3) 初期条件への鋭敏な依存性を示すようなもののことです.この本ではまずLorenz方程式が紹介され,その簡単な性質が証明されます.また,カオスは一般に「制御・予測しづらいもの」というイメージがありますが,カオスを利用した秘密通信というものがあるそうです.

また微分方程式ではなく離散化して差分方程式を考えると,カオスはもっと身近な存在になります.ロジスティック写像と,その振る舞いが紹介されています.

フラクタル集合についても章が割かれています.フラクタル集合はカオスは一見関係がないようですが,Lorenz方程式のストレンジアトラクターが位相カントール集合になっていたりと,実は関連があります.

感想コメント

非形式的なトーク満載の教科書.翻訳もよくて読みやすく,特に不満を感じることはなかったです.専門のひとから見ると,形式的な証明がきちんと書かれていないので良くない本という評価になるのかもしれませんが,入門書としてはいいと思います.

そもそも何故こんな解析っぽい本を読もうと思ったかと言うと,微分方程式のありがたみがイマイチわかっていなかったからです.数学科の学部の授業では「線形な場合は解ける」ということと,「常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性」だけ示して終わりなのですけど,「だからなんやねん」と長年思っていました.この本を読んだことで,それらは単なる基礎に過ぎず,おもしろい話はそこから始まるのだなあということが理解できたのがよかったです.