パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

ベルトランの逆説は,実は逆説ではなかった?

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

日記です.

中学生か,あるいは高校生くらいの時分に買って,1ページも読めずに挫折した本が本棚にたくさんあります.荻上紘一「多様体」もそのひとつです.今から思えば実解析も位相空間論も勉強してないのに多様体論なんざ理解できるはずないのであって,ずいぶん無謀なことをしたもんですが,まあ若気の至りというやつです.

本棚の空きを確保するため,最近その手の積読本をガンガン古書屋に売り飛ばしています.こいつも売ってやろうかなと思ってちょっと開いてみたのですが,意外とおもしろいことが書いてあったので日記のネタにします.

確率論の分野で有名な,次のBertrand(ベルトラン)の問題が紹介されていました.

Bertrandの問題
単位円と直線が交わるとき,切り取られる弦の長さが $\sqrt{3}$ 以上となる確率を求めよ.

これは一見何の変哲もない問題のようですが,「何をもって同等に確からしいとするか」をどう定義するかをきちんと宣言しないと解が定まらない問題として有名です.

まず一つ目のアプローチは,単位円周上の2点を $(\cos \alpha, \sin \alpha), (\cos \beta, \sin \beta)$ として,$\alpha$ と $\beta$ の組が直線に対応すると考えるもの.このとき直線集合に対する測度として,$\alpha \beta$-平面における面積 $\int d\alpha \wedge d \beta$ が採用されます.このように計算すると確率は $1/3$ となります.

もう一つのアプローチは,直線を原点との距離 $p$ と原点からおろした垂線が $x$ 軸に対してなす角度 $\theta$ によって記述するものです.このとき直線は $x \cos \theta + y \sin \theta = p$ と表せます.この場合直線集合の測度としては $\int dp \wedge d \theta$ が採用され,確率は $1/2$ になります.

あれあれ,異なる答えが導かれてしまいました.おかしいですね….これは「何をもって同等に確からしいとするか」つまり,測度の定義の仕方が指定されていないことによる曖昧さがあるからなのです.きちんと定義をしておきましょう.

ここまでは有名な話で,たいていの本はここで終わっています.小針さんの確率・統計入門でもここで話が終わっていました.この荻上さんの本のおもしろかったところは,ここで話が終わらないことです.

荻上さんはこう続けます.

紙に円を描いてその上に細い棒を落として切り取られる弦の長さを測る"実験"を繰り返して正解の見当をつけよ p.36

そうなのです.問題文にある通りの実験をすることができる以上,確率は一意であるはずなのです.つまり,測度同士は対等ではなくて,ユークリッド空間で選択されるべき測度がなにかあるはずなのですね.当たり前のことなんですけど,言われるまで気づきませんでした.

ユークリッド空間で考えているということは,等長変換で不変なものを考察の対象にするということです.したがって,測度も等長変換で不変なものを選ぶべきでした.調べてみると等長変換で不変なのは $\int dp \wedge d \theta$ の定数倍だけであることがわかりますので,答えは $1/2$ でした.

知っていると思っている話題でも,少し突っ込んでみると意外と知らないことがあるもんですね.