パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

院試を振り返って

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

latest update: 2022.01.22

  • 注:合否が発表される前に書き殴っていた文章を元にした記事です。今となっては修正すべきところも多いのですが、当時の心境を記憶しておくためそのままにしてあります。

  • 懺悔:院試のPDFですが、ひとに質問してようやく判ったいくつかの問題に対して、あたかも自分で解答を発見したかのような記述をしておりました。剽窃がしたかったわけではありませんが、剽窃に近い行為であることを認め、ここに謝罪いたします

はじめに

院試、爆死しました。口頭試問で志望する専門分野について訊かれて、何も答えられなかった。原因ははっきりしています。RIMS(数理解析研究所, 略して数理研)の院試ガイダンス(6月21日)の日に突然専攻分野を変えたりするからです。試験は8月24日からですよ⁉自分で言うのもなんですが正気の沙汰とは思えません。願書を受け取った先生だって、「こいつどうして出願してきたんだ」と思われたに違いないです。門前払い食らうのが当たり前ですよ、ええそうですとも。

まだ結果は出ていませんが、つらいのでこのブログに殴り書きします。いったいなぜこんなことになったのか。経緯を遡ってメモしておこうと思います。

院試過去問の解答

でもその前に、過去問の話を。

メモ魔は死すともメモを残す。院試ゼミで蓄積された解答をちまちまTeXTeXしてPDFに仕立てました。せっかくなのでここで公開することにします。代数系の人間が書いているため代数の問題がメインであります。本来は平成19年度まで書く予定だったのですが、時間の都合でこんなことになってしまいました。無念。いつかはそこまで書きたいですね。なおソースコードが見たい人は私のGitHubアカウントからどうぞ。

追記:院試PDF、完成させました。

高校生のころ

不完全性定理という本を読み、数学を志しました。といっても数学基礎論に興味がわいたわけではなく、数学という分野のおもしろさに開眼したという感じ。 数学では無限とか極限とか高次元空間とか、およそ人の直観の及ばない対象を扱いますけど、では優れた直観を有する人でないと判らないのかというとそうではなくて、洗練された記号操作が開発されていて、その扱い方に習熟するだけで誰でも一応理解はできますよね。(研究ができるとは言ってない)数学を勉強すると、こういうわけのわからないものを制御する方法が判るのか!という感動がありました。あれは良い本ですよ。野崎先生のユーモアある語り口も気に入っていて、あの本は今でも捨てずに持ってます。

私は高校受験に失敗したクチなんですが、そのためか高校の先生に数学やりたいですというとすごく応援してもらえました。とくに数学担当の恩師T先生が、岩波基礎数学選書を16冊も贈ってくださったのが記憶に残っています。私はその期待に応えられているのかなあ。

余談ですが、京大受験を控えていたころには不思議なできごとがたくさんありました。駅で見知らぬおじさんに突然「京大にな、京大においでや」と話しかけられたり、耳鼻科の待合室で突然「失礼ですが、あなた京大理学部志望ですよね?」と声をかけられたり。受験期ってそういうもんなんでしょうか。

1,2回生のころ

1,2回生のころは雪江明彦「整数論」を読みながら、微積やら位相やら線形代数やらを勉強していました。ときどきわからないことがあったら雪江先生に質問しに行ったりしながら。

整数論はいまでも好きです。整数という極めて初等的かつ具体的な対象に対して、複素解析を使ったり、Dedekind環論を使ったり、強い一般論をあれこれ出して攻めまくる感じが気に入っています。このころは漠然と整数論をやりたいと思っていたのですが、整数論って「研究の対象が整数」というだけで名乗れるから、いろんな分野にそれぞれの整数論があるよなあと今では思います。志望分野としてはもっと限定しないとダメでしょう。数論幾何だって類体論だって解析的整数論だって整数を対象としているという意味では整数論ですが、バックグラウンドは違います。違う分野だと思うべきだし、それを「整数論」といってくくるのは乱暴に過ぎます。「整数論がやりたい」と漠然と思ってしまい、その素朴な理解を引きずったまま進級してしまったのは大きな間違いでした。今思えば。

3回生のころ

語学や教養が消え、晴れて数学三昧になりました。ひゃっほーい。3回生になると、京大では系登録なるものをしなくてはなりません。数学系に出したのですが、無事通りました。整数論つながりで代数系に進みたいなあとぼんやり考えていましたので、代数系の授業をいくつか取って、可換環論の本のゼミをしたり、代数幾何の本のゼミをしたりしていました。周りの強いひとがあまりに強いのにショックを受けたりしながら、まあでも元気にやっていました。

やたらとTeX文書を書くようになったのもこのころです。はじめは紙に書いてスキャンし、それをPDF形式でアップロードしていたのですが、TeXだと綺麗に出ますし、やっぱなんかカッコいいですし?自分でも数学PDFがつくれるというのが楽しくて、ジャンクPDFを量産していました。

数学科では同じ本が伝統的に読まれ続ける傾向が強いにも関わらず、先輩が築き上げてきた(はずの)英知が後輩にほとんど伝わっていない。そこで数学書の読解メモをTeX打ちしてPDFにし、さらにソースコードを公開すれば知識を世代間で共有することができるのではないか

……とかなんとか、くだらない演説をぶったりもしました。何考えてるんでしょうね。そのころ調子に乗って作りまくったPDFはいまでもGitHubに残してありますが、まあ暇なら見てください。何かの供養にはなるかもしれないし。結果ゼミの進度が落ちてしまいました。私はどこまで愚かなの。後輩諸君は気を付けるように、と先輩風を吹かせたいところですが、そんなアホな奴私ぐらいですよね。

余談ですが、世間では京大はとかく変人が多いという偏見がまかり通っているようですね。そんなことはないですよ?確かに、毎週欠かさずイチゴオ・レを飲んでる先生(かわいい)とか、間違いを訂正するたびに「バカでした」と大書する先生とか、授業はわかりやすく質問対応も丁寧だけど多様体Mの次元をnと書き、多様体Nの次元をmと書く悪いクセだけはどうにもならない先生とかいましたけど、たいていの先生や同級生は優しいし勤勉だし正直かつ優秀でいい人たちでした。

ただ、まあ高校までとは異なることが皆無というわけではないです。テスト明けの周りのひとたちの様子にカルチャーショックを受けた覚えがありますね。「やっとテスト終わったよ~」とほっとした表情を見せるところまでは高校までと同じなのですが,その後が違うんです。おもむろに分厚い洋書を出してきて「休み中どの本読むか決めてる?この本のゼミしない……?」っていう会話が始まるんです。あれには驚きました。そんな「磯野~!数学しようぜ~!」みたいな軽いノリで勉強をおっぱじめるんじゃないよ。まあもう慣れましたけど。

4回生のはじめごろ

4回生になると、数学講究といって、先生の前でゼミをしなくてはなりません。よく覚えていないのですが、私は悩んだあげく、代数幾何の本を挙げて「この本を読ませてください」という出願(II群出願といいます)をしました。これが今から思うと致命的なミスでした。

私は3回生まで可換環論やホモロジー代数を勉強したりしていて、自分は代数系だと思っていたので、その延長線上にあるものとして代数幾何を選んだのです。ところが、別に私は代数幾何の問題意識に共感があるわけではなかったのですな。多項式の零点集合がどういう形をしていて、どうすれば特異点がなくなるとか、そんなことに別に興味があるわけではなかった。ただ、代数幾何の道具である可換環論になじみがあっただけ。

そんな状態で出したもんですから、講究の先生にとっては迷惑以外の何物でもなかったことでしょう。ゼミにも全然ついていけない。すべては私の勉強不足に帰着します。代数幾何に実はあんまり興味がないことに気づいてさえいないくらいですから、そらあもうひどい状態でした。

院試の願書を出すころ

志望の専攻分野を変えたのはこの時期です。「はじめに」でガイダンスの日に変えたと書きましたが、ガイダンスの時点ではかなり迷いが残ってました。願書を出したときもです。(だから願書には、今見返すと変なことがいっぱい書いてあります)数学系の基盤と先端、あとRIMSに出しました。昔書き散らしたTeX文書を再利用してRIMSへ提出するレポートにすることができたので、TeX狂いも悪いことばかりではなかったと言えます。

願書を出したあとは、院試の過去問をひたすら解きまくるゼミに参加しました。だいたい7月の終わりごろからだったかな。週に2回くらい集まって、答え合わせをするんです。解けたと思っても実は解けてないことが頻繁にあって、悔しいことにかなり勉強になってしまいました。このころから私は精神的にだいぶ参っていたはずなのですが、週に2度人と会って話をすることの癒し効果は極めて大きく、顕在化しませんでしたね。

余談ですが、私の同級生にMという大変に優秀なやつがおりまして、同級生H君(この人もとても優秀)がそいつを評していわく「Mが院試に受かることを背理法で証明してみせる。仮にMが落ちたとする。矛盾!よって、Mは受かる」と言っていたのが印象的でした。わかる。Mが落ちるわけない。

私が出ていた院試ゼミにはMは呼ばれていなかったのですが、たまに同席していることがあると頼りになりました。いつだったか、院試ゼミのメンバーのT君がある問題をMに相談した時、Mが「え……なんやこの問題…」と言ってしばらく考えたあと、しばらくして突然立ち上がって「自明だった!!自明だった!!」と叫びながら壁に頭を打ちつけていたのはちょっとかわいかったですね。……って、なんの話だこれ!?

話を戻します。いったいどうしていきなり転向することになったのか、わざわざここまで読んでやったのにわからないなんて詐欺じゃないかと思われたのではないでしょうか。もっともなご意見です。しかし当時の精神状態はあまりよくはなかったですし、はっきりしたことは私にも何もわからないのです。いま言えるのは、Youtubeの動画や本の影響が、もしかしたらあるかもしれないというくらいのものです。すいません。

院試本番

一日目の筆記試験が終わったあと知人を集めて図書館で答え合わせ会をやりました。あれはやって良かったです。その次の日、英語と一次合格発表。数学系もRIMSも一次は通りました。

また余談なのですが、試験が終わった後、院試ですからまあ他大の人もいらっしゃるわけですよ。話したりもするんですよ。そのときかの全完少年Mがやたら私のことを褒めるので居心地が悪かったです。初めて会った時からずっとそうなんですが、とにかくMは身に覚えのないことで私に感謝してくるんですよね。いつだったか、Mに「おまえのおかげでこの問題が判った!」とか言われたことがあるんですが、そのとき私は、黒板の前で問題を説明するMの声に合わせて適当に合いの手を入れてただけだったんですよ?だいたい、Mにわかんない問題が私にわかるわけないじゃないですか。もうね、他大の人の前で「こいつは賢い」とか「こいつがこの問題を解いてくれた」とか言うのほんとダメだから。それ間違いだから。

なお私はMにLINEで院試の問題を相談するとき、「Mさ、この問題解いた?」という初めの質問はMには不要なのではないかと思い、いつも「当然解いてるよね?」というノリで送っていたのですが、院試が終わってから消え入りそうな声で「あれは精神的にくるのでやめてほしい」と叱られました。すいませんでした。

さてあらかた余談を吐き終わったんで口頭試問の内容について書きます。数学系のときには本番で解けてなかった問題を、いまなら解けますかと言われて先生方の前で解きました。RIMSのときには、解いてなかった専門のグラフ理論の問題をいま解いてと言われました。あと、読んだ本はあるかと訊かれてアルゴリズムデザインを途中までと答えたところ、その内容について説明を求められました。あと、どちらでも志望変更の理由については訊かれました。

まとめると、口頭試問で訊かれたのは次のようなことです。

  1. 院試の筆記試験で解けてなかった問題(解けたと思い込んでいるケースに注意)

  2. 院試の筆記試験の志望する分野の問題で、手をつけていないもの

  3. 志望する専攻分野についての知識

あと私は訊かれませんでしたが、普通はRIMSの方では提出したレポートの内容についても訊かれるそうです。きちんと予習しておけばよかったなあ。

またまた余談ですが、口頭試問の日、私はわりと朝早くから食堂で口頭試問終わりの人を捕まえて話を訊きだそうと網を張ってたんですが、ほとんど誰も通りがからないんですよ。そこで私はたまたま出会うことができたT君(試問これから)やU君(試問終わり)相手に「なんで誰も来ないんだろう。口頭試問終わったときって、まっすぐ家に帰りたい気分になるもんなのかね。私が試問終わったら、食堂に戻ってくるから待ってて」みたいなことをしゃべってたんですよ。で、いざ口頭試問が終わったとき。気が付いたら私は家に向かう電車の中で頭を抱えてました。いまならわかるよ……なぜ誰も通りがからなかったのかが…!

追記:その後のことについては以下をご参照ください.