パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

大学数学の文献案内 - 数論幾何の理解を目指して -

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

latest update: 2022.06.17

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\R}{\mathbb{R}} \newcommand{\C}{\mathbb{C}} \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} \newcommand{\F}{\mathbb{F}} \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %%% 引数を取るもの %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]
注意

管理人が忙しくなったため.この記事はもう最新の情報には更新されません.
数論幾何について詳しく知りたい方は,MIT OCW の Arithmetic Geometry の講義などを見てください.

はじめに

この記事の想定読者

この記事は,

  • 大学に行かず,独学で数学を学ぼうとしているひと,あるいは

  • 理学部や数学科に入ったは良いものの何をどの順番で勉強したらいいかわからず途方に暮れているひと

向けに順序だてて文献を紹介することを目的としています.

とはいえ,すべての専攻をカバーするブックガイドを書くことは不可能です.したがって本稿では代数幾何の理解を目標にしました.


なぜ代数幾何なのか?というと,当ブログに検索で辿り着く方は代数幾何に興味をお持ちの方が多いからです.

かつて私は代数幾何を専攻し,そして挫折しました.その経験を供養するために

という記事を書いたところ,どうも検索上位に出るようになってしまったらしく,いまだに代数幾何の学び方を求めて当ブログに漂着される方が後を絶ちません.代数幾何を学んでいるひとの,藁にもすがりたい気持ちは理解しているつもりです.そんな迷える代数幾何難民の方を迎えるブログとして,代数幾何を途中でやめたやつの勝手な愚痴しか書かれていないのはあんまりだと思ったので,私は代数幾何の勉強を再開することにしました.

「理論を目標にしてはいけない.具体的な問題を目標にしなさい」と4回生当時の指導教官に叩き込まれたので,整数論への代数幾何の応用を理解することも同時に目指すことにしました.数論幾何というと,数学で最も多くの予備知識を必要とする分野として有名です.時間はかかると思いますが,少しずつ更新していく予定です.頑張ります.

ところで,これは大事なことなので強調しておきますが研究者を目指すひとは読者として想定していません.研究を目的とする文献案内は私の手に余ります.各自で指導教官に相談してください.

凡例とコメント

  • $n$ 回生向けという表現がありますが,これは前提知識が少ない順に並べられていることがわかるようにするための表記です.その回生でなければならないということはありません.ただし公式カリキュラムに存在する単元については,なるべく公式カリキュラムの配当回生と一致するようにしています.

  • なるべく出版社を明記していますが,これは読者が自分で本を探す際の便宜のためです.数学書に限らず専門書を探す際には,まずその分野を得意とする出版社のリストを作成することが有効です.これにより,初めて勉強する分野であっても「決して読んではいけないクソみたいな本」をふるいにかけて除外することができます.

  • 本を手放すときにはバリューブックスで売るのが個人的なおすすめです.段ボールごとに送料がかかりますので,でかめの段ボールにぱんぱんに詰めて送ってください.梱包材を用意しておくとなおよいです.フリーマーケットを使った方が高く売れますが,フリーマーケットよりも手間が少ないのが長所です.

  • 科目に★がついているのは,数論幾何を目指す上で必須であることを意味します.それ以外の分野は補足として紹介しています.

この文献案内の特色

数学の理論というのは,初めから理論を目的として作られるわけではありません.

  1. 最初に具体的な問題があって,

  2. それを解くために理論 A が構成され,

  3. 理論Aでは解けない問題が発見されて,

  4. さらにそれを解くために理論 B が整備されて,

ということの繰り返しで発展してきたものです.

しかしながら,きわめて残念なことに,この「動機となる問題」の部分を一切説明しない数学書が世の中にはたくさんあります.一所懸命勉強したのに数学がわからないというひとはたくさんいますが,それは当然です.そもそも解るように説明されていないんです.必ずしも頭が悪いからではありません.

数学科では,「わけがわからなくても黙って手を動かすことが大事」とよく言われますが,こういう慣例は良くないと思います.そこで,この文献案内では理論の内容だけでなく,「どういう問題を解きたいのか」まで説明するように心がけています.

より詳しく言うと,数学が「わからない」状態になっているとき,その「わからなさ」には大きくわけて次の4種類の次元があるように思われます.

  1. 主張の意味がわからない.無意味な記号列のように見える.典型的な具体例がわからない.

  2. 論理の妥当さがわからない.論理の飛躍があるように感じる.

  3. 動機となる問題がわからない.何がしたいのかわからない.

  4. 発想の経緯がわからない.どうして思いついたのかわからない.

数学における4つの「わからない」

そのうち「論理の妥当さ」については,きちんとした本なら概ねどの本もカバーしてくれます.ところが残りの3つについては,「勉強してればそのうちわかる」と言わんばかりに堂々と説明を省略する本が多く,まじめに勉強すればするほどわからなくなる悪循環に陥ります.

確かに続けてればそのうちわかるんですけど,勉強を続けられている時点でかなり「わかってる」んだということは指摘したいところです.本当にわかってないやつは続けられさえせずに脱落していきます.

そこで本稿では,この4つの次元の全体をきちんとカバーしていない(する気がない)本をはっきり指摘・批判し,可能な限り「論理の妥当さ」以外の次元についても説明を提供することを目指します.


なおここで説明に使用した数学における4つの「わからなさ」の次元については,以下の記事を参照のこと.

1回生向け

★微積分

昔は高木の解析概論で勉強するのが定番だったそうだが,いまは初学者向けにはもっといい本があるのでお勧めしない.

概要

級数や広義積分や収束発散といった無限が絡んだ対象は,正しく取り扱わないと容易にミスをするので気を付けないといけない.その取扱い方を学ぶのが大学の微積分学である.

歴史的には,物理学(力学とか)あたりにモチベーションがあるようだ.位置を $x$ とすると,$x$ の時間による微分は速度であり,$x$ の二階微分は加速度となることからも,物理における微分の重要性が解ってもらえるとおもう.もっと応用例が欲しい人には,力学系についての本を読むことを勧める.

ところで,イプシロンデルタ式の極限・収束の定義のありがたみがわからなくて困惑したという声をよく聞く.ああいう定義は高校ではなかったし,大学の微積で青天の霹靂のように初めて登場するもので,たしかに慣れるまで修業が必要な面倒なものだ.しかし人間の連続性・微分可能性についての直観はアテにならないので,必要なものなのである.

歴史的には,イプシロンデルタ式の定義は最初からあったわけではなかった.最初は素朴な直観的定義に頼るひとも多かった.しかし「すべての連続関数は十分小さな近傍で微分可能である」というトンデモない主張をするアンペールの「定理」が「証明」されてしまい,結構な数の数学者に受け入れられてしまったという大不祥事が起こってしまったことで,イプシロンデルタ式の定義の必要性は誰もが認めるところとなった.「連続だがいたるところ微分可能でない関数」をワイエルシュトラスが考えたのは,この「アンペールの定理」を反証するためであったという.

というわけで,イプシロンデルタ式の定義を大学で習うのは,ワイエルシュトラスをはじめとする怖いおじさんたちが微積の基礎をがっちりと築いたことに起因しており,微積を習う以上回避できないものなので頑張って慣れてほしい.慣れればもっともらしく思えるようになるよ.

斎藤『微分積分学』

東京図書より.粗雑な本だが,しかし実解析という沼の表面を駆け抜けるにはこれくらいでもいいのではないかという気がするので紹介.

重積分の変数変換公式を厳密に証明していないし,ベクトル解析の説明が雑すぎるが……まあご愛嬌ということで.初学者向け.

杉浦『解析入門 1』

東京大学出版会から出版されている,ちょっと詳しい解析の本.

微積は単純なようで奥の深い分野でありいわゆる「沼」である.追求しだすとキリがないのだが,だからといってスルーしたくない向学心ある方向け.

★線形代数

概要

線形空間とその間の「構造を保つ」写像である線形写像についての理論である.

数学において,「線形な構造があるケース」というのは最も簡単なケースとして重要であることが多い.非線形な場合に同様な手法を適用することはできないので最終的な解決にはならないのだが,しかしかなりの洞察を得ることができる.

たとえば,微分方程式論・力学系への応用がわかりやすい.線形な微分方程式の場合,重ね合わせの原理といって全体が部分に分割できるため,特殊解を次元の数だけ求めれば一般解が求まる.これは線形代数の「わかりやすさ」を象徴する例である.非線形な微分方程式は,解析的に解けないことがほとんどである.

重ね合わせの原理がいかに有用であるかを漸化式を例として説明する.フィボナッチ数列

\begin{align} F_0 &= F_1 = 1 \\ F_{n+2} &= F_{n+1} + F_n \end{align}

を考えよう.このとき漸化式を満たす数列$F : \N \to \C$ の全体は $\C$ 上のベクトル空間である.これを $V$ とかく. 2つの初期値を定めれば $V$ の元が一意に求まることから,$\dim V \leq 2$ である.一方で多項式 $x^ 2 - x - 1 $ の2つの根を $\alpha, \beta$ とすると数列

\begin{align} a_n &= \alpha^n \\ b_n &= \beta^n \end{align}

は $V$ の元で,かつ線形独立.したがって $a_n,b_n$ は $V$ の基底をなしており,$V$ のすべての元はこれらの線形結合でかける.あとは初期値の条件 $F_0 = F_1 = 1$ を代入して係数を求めればおしまいである.フィボナッチ数列の一般項を求める方法は

  • 母関数を使って形式的ベキ級数環への単射準同型を構成し,解析的考察をする方法

  • 行列の対角化を用いて行列のベキを計算する方法

などが知られているが,この方法がもっとも明解で証明も短くて済む.

また,力学系の解析においても線形代数が力を発揮する.

\begin{align} \dot{x} &= a x + by \\ \dot{y} &= c x + dy \end{align}

という微分方程式で定義される力学系を考えたとする.この方程式の解の軌道がどうなるのかを調べようとすると,係数行列

\begin{align} A = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} \end{align}

の固有値・固有空間が効いてくる.詳細については以下の一連の記事を参照のこと.

線形代数のモチベーションは,歴史的には連立方程式の解法の研究にあるが,現在では応用範囲が際限なく広がっており,これ以外にも応用例は枚挙にいとまがない.

代数においては,行列の環は非可換な環(群)の典型例として重要であったりもする.

齋藤『線形代数学』

「斎藤微積」と同じく東京図書から.ややチャラいのは相変わらずだが斎藤微積ほど内容が端折られているということもない.敬遠されがちなジョルダン標準形の存在証明もちゃんと書いてある.挫折したくない人には勧められる.

線形代数はあまり最初からしっかり勉強しない方がよい.なぜかというと,あまりに詳しい本は数値計算など特定のモチベーションを前提としていて,多くのひとにとっては不要なことが書かれていることがあるから.

離散最適化

離散最適化という分野では離散数学のさまざまな結果が参照される.組合せ論・グラフ理論などの結果も含まれる.本稿にはグラフ理論や組合せ論の項目がないが,それは離散最適化の中にある程度含まれていると見做しているからである.

概要

このブログで過去に詳しく説明したことがある.

ひとことで言うなら,存在することが分かっている解をどのくらい高速に計算できるかを考えることに特徴がある分野である.ほかの数学では,存在することが分かっていればそれ以上突っ込まないことが多い.

数論幾何を目指す場合には,離散最適化を勉強する必要はほぼない.にも関わらずなぜ本稿で紹介しているかというと,まず1つは「それは計算できるか?できるとして,どの程度高速かつ省メモリでできるか?」という計算機系の分野に特有の問題意識が他の数学においても重要だからである.

たとえば2つの数の最大公約数を求めたいとき,Euclidの互除法が有効だと習ったと思う.しかし2つの数を素因数分解する方法よりも「なぜ有効だといえるのか」ということは深く考えたことがあるだろうか?これに答えるには,まさしく計算量という観点が必要である.Euclidの互除法は「2回ループを回すごとに,扱う数の大きさが半分以下になる」という顕著な性質があるので,入力 $n$ に対してだいたい $O(\log n)$ 回のループで計算が終わるのである.これは素因数分解よりもはるかに高速かつ単純である.

また,2つめの理由はそもそも代数幾何や数論において,具体例を計算するのに計算機が有用だからである.

3つめの理由は,手続きが与えられたときにその正当性を証明するということの重要性は知っておくべきだからである.単純な場合は「なんとなく正しそう」よりずっと明晰な説明が与えられることが多い.アルゴリズムについて正当性を示すという発想自体,慣れていないとなかなか湧いて来ないものである.

最適化の産業への応用については枚挙にいとまがない.有名なのは,安定結婚問題とそれに対するGale-Shapleyのアルゴリズムであろう.これはノーベル経済学賞を受賞した.研究室への学生の配属や,研修医の病院への配属などに実際に使われていたそうである.

また,経済学へ応用されて計算論的ゲーム理論という分野が生まれたのだが,この分野も最近注目を浴びている.たとえば第二価格入札オークションなどがこの分野に属する.

Kleinberg, Tardos 『アルゴリズムデザイン』

数学書のなかにはたまに,「こういうのを良い教科書っていうんだよなぁ…」とため息をつきたくなるほど完璧な本があるが,この本はまさにそれである.

数学的に誠実に書かれており,内容が盛りだくさんであるにも関わらず,読者を置いてきぼりにすることがない.なにか新しい概念を導入するごとに「なぜこういうものを考えるのか?」というありがたみの部分を懇切丁寧に説明してくれるので,常に納得しながら先に進むことができる.非自明な応用例を次から次へと紹介してくれるので,読み進めるごとに賢くなった気持ちになれる.

共立出版から邦訳が出ていたのだが,きわめて残念なことに絶版になってしまった.Amazonではプレミアがついて3倍くらいに高騰しており,とても手が出ない価格になっている.原著は絶版ではないのでまだ手に入るが,日本語の方が読みやすいことは論を俟たないため,復刊が望まれる.共立出版に復刊希望を送りまくれば復刊されるかもしれない.一応大きな図書館にはおいてあると思うので,邦訳を借りて読まれることを勧める.

Korte, Vygen 『組合せ最適化』

共立出版から.この分野では有名な文献.『アルゴリズムデザイン』に比べると読み進める難易度は高いが,標準的な教科書とされている.マトロイドや劣モジュラ関数の話がちゃんと載っている数少ない日本語文献のひとつ.

『アルゴリズムデザイン』の数少ない欠点として,演習問題の問題文がどれも長く,しかも易しめであるということがある.したがって考えるよりも文章を読んで理解するのに時間を取られてしまい,あまりよい演習にならない.その点,本書は演習問題が簡潔なので演習向きであると思う.

『アルゴリズムイントロダクション』

近代科学社より.質と入手しやすさからいって,今一番オススメの教科書.めちゃくちゃ分厚いので電子書籍で読むことを勧めるが,まあ分冊で買ってもいい.

私は『アルゴリズムデザイン』で勉強したし,あの本にはかなり思い入れがあるので絶賛したが,この『アルゴリズムイントロダクション』もよくできた本である.

『アルゴリズムデザイン』と比較するとデータ構造の話が詳しく,かつ数学的に高度な話が少ない.とくにNP困難問題に対するアルゴリズムの設計思想(近似,パラメータ化,厳密解法,前処理…)の話は Selected Topics にまとめられているだけで,あまり詳しく書かれていない.また演習問題も簡潔であり,演習向きの本であるように思われる.

Korte, Vygen と比較すると,かなり読みやすい本である.より情報工学的でみやすい話が多く,初学者でもついていきやすい.反面,強力な一般論が少なくて賢くなった気になれないかもしれないが,逆に言えば地に足がついているともいえる.この辺は各自の好みかな.

結び目理論

概要

結び目とは,3次元ユークリッド空間内の閉曲線のこと.ふたつの結び目を切ったりほどいたりせず重なることができるとき,その二つの結び目は同値であるという.ふたつの結び目がいつ同値になるのか判定することが,結び目理論では問題のひとつとしてとり組まれている.

数論幾何を目指す場合は,学ぶ必要があるわけではない.ではなぜここで取り上げたかというと,のちに続く位相空間論・位相幾何・代数トポロジーといったより抽象的な理論の良い具体例になっているからである.位相空間論を学んでいる途中,抽象的すぎてどこに問題意識があるのかわからなくなってしまったらここに戻ってきてほしい.

アダムス『結び目の数学』

丸善出版より.高校生でも読めるように意図されているらしいが,前提知識が少なくても済むようにかなり無理して詳細を端折っている.それなりに数学における議論に慣れていなければ読めないと思う.

2つの結び目が同じものであるかどうか変形せよという問題が載っているが,そうした問題を解くには iPad + Apple Pencil がほぼ必須であることを注意しておく.本書には「延長コードやひもを使って試してみてね」と書いてあるが,複雑すぎて実際にはできないと思う.詳しくは過去に解いた時の記事を参照のこと.

2回生前期向け

★集合論・位相空間論

内田と,松坂和夫「集合・位相入門」が二大入門書. 新しいのでは斎藤毅「集合と位相」が良書と聞く. 松坂のほうは集合論の記述が充実していて,斎藤のほうは圏論的に書かれているということである.

前提知識

この段階の集合論に前提知識は必要ない.動機まで理解しようとすれば知識が必要だが,それはまた先の話である.

位相空間論は集合の言葉で展開されるため,集合論の基本的な記法に精通していることが求められる.また,選択公理とその同値な言い換えも理解しておきたい.

位相空間論を学ぶためには,少なくとも微積においてボルツァーノ・ワイエルシュトラスの定理などを学び,理解している必要がある.そうでないと,挙げられる具体例が理解できない.

概要

位相空間論とは,距離を使わずに収束と連続性を定義するための理論的土台である.距離というのはくっつき具合を表現するのに自然なものに見えるが,実はかなり大げさで特殊なことをしていることが位相空間論を学ぶとわかる.

位相空間は幾何・解析・代数のどの分野でも頻繁に登場する. ただ位相空間論は基礎にあたるものなので「位相を学ぶありがたみ」が初学者にはわかりにくい.いくらか補足しておく.

いちばんのモチベーションはやはり幾何だろうか.代数的トポロジーという幾何学の分野があり,ここではユークリッド空間ではなくて位相空間の上で図形を考えるので,位相空間は必須となる.なぜ位相空間の上で図形を考えるかというと,連続的な変形をしても不変な性質について考えたいので,もはや距離が意味をなさないからである.

また,この後の複素関数論では連結性や開集合,コンパクト集合といった位相空間の概念をしょっちゅう使うことになる. これにより証明が抽象的にできるので議論が楽になる.

代数でも,無限群に位相をいれるとか,無限次元ベクトル空間に位相をいれるとか,無限がからむ対象に位相をいれるという使い方をよくする. たとえば無限次元のベクトル空間であった場合,位相が入っていなければそもそも無限個の元の和をどう定義したらいいのかもわからないので,これは自然な使い方だと納得してもらえるだろう.

この話は発展的なので現時点では理解できなくてよいが,ガロア理論を有限次拡大から無限次拡大に一般化しようということを考えると,やはり位相が必要になる.というのも,ガロア理論では体の拡大の中間体とガロア群の部分群が一対一に対応しているということが主張されるのだが,無限次の場合のガロア群にはハンパな部分群が大量に含まれていることがあって,素直にやると一対一にならないのである.そこでガロア群にKrull位相という位相を入れて,閉部分群に制限することでガロアの主定理を拡張するということをやる.

ところで集合論であるが,ここでは順序数の理論や公理的集合論は抜きで,濃度の理論と選択公理まわりの話だけを習うことを想定している.選択公理の話をここで習うのは「無限集合は人間の直観で扱える範囲を超えた対象であるため,公理的な取り扱いを要する」ということを注意喚起するためだと思われる.いかに無限の対象について人間の直観が役立たずであるかについては,たとえば列車が可算無限人の乗客を乗せながら非可算無限個の駅をめぐるクイズを見ていただきたい.

濃度の理論と対角線論法は重要である.応用として,超越数の存在証明が挙げられる.超越数とは,有理係数のどんな多項式の根にもならない数のことである.具体的な実数についてそれが超越数であることを証明するのは困難を極めるが,濃度の考察によって「実数はほとんどすべてが超越数である(つまり超越数でない数の測度はゼロ)」ということが証明できる.これは抽象論の勝利であるといえる.

内田『集合と位相』

裳華房より.位相空間論のド定番.この本の内容が頭に入っていれば,位相で困ることはあんまりない. 位相のありがたみがわかりにくいため途中でやる気を失う人が続出するのだが,それなら具体例を先に見てしまうのも手である.

この本には載っていないようなマニアックな話(たとえばnetによる特徴づけなど)が載っている本として,Kelly「General Topology」がある.

★群論

だいたい有限生成Abel群の基本定理と,Sylowの定理あたりまで勉強すれば先へ進んでよい.

岩波基礎数学選書の近藤群論は内容が豊富で調べものがしたいとき便利だったが,絶版になってしまったようだ.

前提知識

実解析の知識は必要がない.位相空間論も有限群を考えているうちは特に必要ない.

線形代数の知識はあったほうがよい.なぜかというと,正則な行列がなす群は,非可換な群の重要な例であるからである.

概要

群とは,ある集合に対する可逆な作用の集まりのことである.群論は,群に対して成り立つ事実をまとめたものであるといえる.

一般向けの数学の本だと「群とは,対称性を測るもの」などと書かれているが,それは「自然数とは,個数を数えるためのもの」というようなもので,全面的に正しくはない.ひどい間違いではないが,重要なのは意味よりも形式的な構造である.これは群に限らず,数学概念はどれもそうである.恣意的な意味にこだわず構造を本質だと思えるようになってほしい.

群の使われ方には主に4通りあると思う. (以下発展的なことが書いてあるが,読み飛ばしても問題ない)

  1. ひとつめは,群をなにかの集合へ作用させて,その作用に関する元の振る舞いについて考察するという使い方である.組合せ論におけるバーンサイドの補題,平面結晶群の分類あたりはこの使い方に属する.平面結晶群は17種類しか存在せず,したがって「2つの方向に周期性を持つ連続模様のパターン」は本質的に17種類しかないことが証明できるのである.保形形式論や不変式環の理論も群の作用で不変な元を考えているわけだからここに属する.Galois群の整数環のイデアルへの作用を考えることもある.「群とは対称性をはかるもの」という意味論がもっともよく適合するのはこの使い方である.

  2. ふたつめは,不変量として群を取り出すという使い方である.群の圏への関手を構成するといってもいい.代数トポロジーにおける基本群や,Galois理論におけるGalois群はこの使い方をしている例になっている.群の圏に限らず,関手が構成できるのは大抵の場合喜ばしいことである.

  3. みっつめは,位相を入れて位相群にして,実数体 $\R$ やトーラス $\R/ \Z$ の一般化として扱うものである.局所コンパクト位相群におけるHaar測度の存在は,そのままユークリッド空間におけるルベーグ測度の存在の一般化になっている.この発想に基づいてユークリッド空間上のFourier解析を位相群上に一般化することができて,これは調和解析と呼ばれる分野に繋がっていく.

  4. よっつめは,環上の加群がAbel群として現れているだけのものである.楕円曲線論では代数曲線にAbel群としての構造を入れるが,特に集合への作用を考えることはないので群というよりは $\Z$ 加群と見なしているわけである.

なお,仮に応用がなかったとしても群論はおもしろいと思う.とくに有限群論は楽しい.位数を決めただけで構造がすぱっと決まってしまうのはいつ見ても不思議な感じがするし,感動的ですらある.

雪江『代数学1』

雑誌「数学セミナー」の版元,日本評論社の本.装丁が綺麗.

群論の定番教科書. 冒頭に「自然な対象とは関手を使って定義される対象である」とよくわからないことが書いてあるなど粗はあるが,悪くないとおもう.well-definedという言葉の説明がしっかりしてあったり,典型的な誤答の説明があったり,わかりやすくするために工夫されている.最初は難しく感じると思うが,紙とペンを用意して頑張ってほしい.

なおwell-definedという概念は今後の数学で重要になるのでしっかり理解しておこう.イメージを言うと,「定義がうまくいっている」という感じなのだが,初学者にはとっつきにくいようだ.たとえば例を挙げると,ふたりの人物の年齢の差はwell-definedだが年齢の比はwell-definedではない.年齢の比は「どの時点で年齢を考えているか」に依存してしまい,生年だけによらないからである.

ところで,この本では単純群の定義をするときに可換な群を除外しているが,このような定義は一般的ではないことを注意しておく.正誤表が雪江先生のホームページにある.

アームストロング『対称性からの群論入門』

黄色い本でおなじみの丸善出版から.この出版社の数学の本はSpringerの翻訳が多いが,これもそうである.

「群とは,対称性を測るものである」という観点から群論を説明する本.繰り返し模様の話など,図形についての視覚的な話が多い.組み合わせ論への応用もちゃんと書かれている.

これは原著者のせいではないが,本のレイアウトも翻訳もあまり上手でなく,やや読みづらいと思った.

幾何学的な側面を重視しているため,可解群やベキ零群の話が載っていない.知らないままだと後でGalois理論を勉強した時に困るので注意が必要.

Conway, Burgiel, Goodman 『The Symmetries of Things』

対称性とはなにか?という話を一般向けに語った本.私は読んだことないし,ひょっとするとあんまり数学してない可能性もあるがおもしろそうなのでちょっと読んでみたいと思っている.とりあえず群論の教科書ではない.

 

線形計画問題・凸最適化

数論幾何を目指す場合は必須ではない.にも関わらずここで紹介しているのには,次のような理由がある.

  1. 【解析学の典型的な応用例を示すため】おそらく高校の授業で,「極小値であれば微分がゼロ」ということを習ったと思う.また,大学の微積でラグランジュの未定乗数法なるものを習ったかもしれない.こういったことは,微積の本筋からは外れた脇道だと感じたかもしれないが,実際にはその延長線上に豊かな分野が存在する.

  2. 【離散最適化において必要だから】凸最適化は連続なものの最適化なので分野としては異なるのだが,しかし凸な場合や線形な場合と比較する手法は離散最適化の常套手段になっているため,離散最適化を勉強したのであればぜひ勉強すべきである.

一般的にいわゆる応用数学は予備知識が少なくて済む割におもしろいため,私は本稿において積極的に紹介することにしている.

概要・動機

線形計画問題とは,線形制約の下で線形な関数を最大化または最小化せよという問題のことである.凸最適化はこれを一般化したもので,凸制約の下で凸関数を最小化せよという問題を考える分野である.ともに数理計画の一種といえる.

線形計画問題と聞いて「線形だから重ね合わせの原理が成り立っていて,解けるのかな?」と考えたひとがいるかもしれない.実は線形制約が定める実行可能解の集合が凸多面体であることが大きく効いてくるのである.だから,本稿では線形計画問題と凸最適化を同じセクションにまとめた.

凸性があると何が嬉しいのかというと,局所的な最適解が大域最適解と一致するようになるのである.だから微分することによってかなりの情報が得られる.

Boyd, Vandenberghe 『Convex Optimization』

Cambridge大学出版より.公式のページhttps://web.stanford.edu/~boyd/cvxbook/から無料でDLすることができる.

微分方程式論・力学系

数論幾何を目指す場合には必須ではない.にも関わらず本稿でこれを取り上げるのは,線形代数の応用例として適していると思ったからである.線形代数にはおびただしい応用があるが,まさか環論や体論やホモロジー代数を応用例として挙げるわけにはいかない.より抽象的にしてどないするんや.数値計算における応用が顕著だが,しかし数値計算は他の数学分野との関連が少ないので袋小路になってしまいそうで嫌だった.SNSなどでは盛んに機械学習理論への応用が取り上げられるが,機械学習はまじめに勉強しようとすると函数解析や確率論の知識を要し,初等的とはいえないと思った.微分方程式論・力学系の理論にしてもまじめに勉強しようとすれば函数解析が必要なことには変わりないのだが,フラクタル集合とかカオスとかキャッチーな話題には事欠かないし,幸い良い本もあるので白羽の矢が立った.

微分方程式論と力学系は教科としては異なるのだが,「微分方程式論」とタイトルに銘打った教科書を読んでもおもしろさがわかりづらいため,この記事では混乱を承知で敢えてこういう括り方をした.「微分方程式論」と書かれた教科書には

  • 線形微分方程式の解の求め方と,

  • 常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性という,

2つの有名な結果が載っているものなのだが,実はこの2つの他に興味深いことが何も載っていないことが多い.ぶっちゃけこの2つは単なる基礎であり,別にこれ自体におもしろさがあるわけではないので,おもしろさを理解したい場合は力学系と書いてある教科書も読んだ方がいい.

力学系の教科書としては共立出版のHirsch・Smale・Devaney 力学系入門がロングセラーであるが,初学者にはちょっと読みづらいかもしれない.

前提知識

実解析の知識はもちろん必要.

線形代数を知らないと重ね合わせの原理が理解できないので,線形代数も必要.

力学系の理論はまじめにやろうとすると函数解析の前提知識を要するが,この時点では軽く通り過ぎることを想定しているので函数解析は仮定しないことにする.

概要

微分方程式というのは,未知関数の導関数を含む方程式のことである.数学ではあまりお目にかからないが,数理モデルとして重要.

力学系は時間発展する系の挙動を調べる分野で,物理学や生物学などで数理モデルとして登場するものである.微分方程式は,力学系の主要な表現手段である.

微分方程式は「方程式」という名前があるのでつい解きたくなるが,線形でない限りほぼ解けないものである.解けなくても系の定性的な振る舞いを解析することはできて,それが力学系という分野の常套手段になっている.

フラクタルやカオスという言葉が一時期流行ったことがあるが,こういった概念は力学系から生まれている.

ストロガッツ『非線形ダイナミクスとカオス』

丸善出版より.具体例と著者の非形式的なトーク満載の楽しい教科書.「良い教科書の見本」とまで絶賛されるが,それは伊達ではない.予備知識としては常微分方程式の基礎のほかに,ベクトル解析とフーリエ解析を使うが,知らなくてもノリと勢いでなんとかなると思う.

形式的な証明などは省かれているため初学者向け.

2回生後期向け

★初等整数論

Dedekind環論や複素解析などの大掛かりな道具を使っていない証明のことを,「初等的な証明」という.初等整数論とは,初等的に示せるような整数論の定理の総称であり,おおむね

  • 平方剰余の相互法則.Gauss和を使わなくても数え上げによって証明できる.

  • フェルマーの2平方和定理.

  • ラグランジュの4平方和定理.

  • Fermatの最終定理の $n=4$ の場合.この場合はDedekind環論が必要ない.

  • ブランカー&ペル方程式 $x^ 2 - n y^ 2 = 1$ の整数解.連分数.ディオファントス近似.

  • フェルマーの小定理と素数判定アルゴリズム

  • ディリクレの算術級数定理の特別な場合

などのことを指す.

前提知識

群などの代数系を考えることについて慣れていることが望ましい.

少し高度になるとすぐに初等的な考察では済まなくなるので,環論や体論をある程度勉強してからの方が見通しがよいかもしれない.

具体的な計算が重要だが,手計算では大変である.ある程度計算機が扱えると便利であるに違いない.

概要

整数論は,大きく分けて次の3つの分野に分かれる.

  • 素数の分布を調べる分野

  • 代数多様体の整数点・有理点を調べる分野

  • 素数判定・素因数分解アルゴリズムを設計したりする分野.暗号理論の数理的基礎.

このうち素数の分布を調べる分野における重要な定理は,おもに算術級数定理(等差数列に素数が無限に存在する条件を示す定理)と素数定理($x$ 以下の素数が何個あるかについて主張している定理)の二つである.こういったことは解析的整数論と呼ばれる分野に属する.

代数多様体の整数点・有理点を調べる分野のことをDiophantine幾何という.Diophantine幾何は代数幾何的な手法を使うのでその名前があるのだが,平面2次曲線を扱う場合は代数的整数論があればほぼ用が足りており,不定方程式論と呼ばれることが多い.この記事の目標である数論幾何は,Diophantine幾何の延長線上にある.

代数的整数論という分野があるが,これは「代数的な」整数論ではなくて,代数体や局所体といったものに対する理論のことである.特に具体的な動機となる問題があるわけではなく,基礎理論であると思っていい.Fermatの最終定理の証明を模索する中で発展したため,本稿では代数的整数論はDiophantine幾何の一部であると見做している.

Silverman『はじめての数論』

丸善出版から.読むのにそれほど予備知識は必要ないが,決してすらすら読める本ではない.ある程度数学的な考え方になじんでいることが必要だろう.

特徴として,「数学者になって研究をしているかのような気分」が味わえるようにとても工夫されている.大変な計算は計算機に任せつつ,演習問題をやってみて欲しい.

2022年になって第4版の邦訳が登場した.第3版の邦訳は洋書特有のよくわかんないノリが強調されていて手に取りづらかったが,第4版は教科書として使いやすい出来になっている.詳しくは次の比較記事を参照されたい.

雪江『整数論1』

日本評論社から.タイトルに「初等」と書かれているので簡単そうに見えるが,まじめに読み通そうと思うとかなりの前提知識を要する.群論と,環と加群の理論はもちろん,Galois理論も必要だし,p進数も定義されるので位相空間論も必要だろう.

そしてこれは著者のクセだと思うが,導入した概念の直観的イメージや動機を語る代わりに,さらに進んだ話題が散発的に書かれているので読みにくい.読者が求めているのは豆知識ではない.事実だけをぽつぽつと書くのではなく,たとえばヘンゼルの補題は実解析におけるNewton法の類似になっているとか,Hasseの原理によっていわばNP $\cap$ co-NPがわかるとか,そういう話をもっと補ってほしい.

また「数論的関数」の章が唐突に始まって唐突に終わるのも良くない.あと,デデキント環に対して見慣れない仮定をおいているのもいやらしい.

そういうわけで,あまりお勧めできない.なお同じ著者による整数論2も必要な予備知識が多く,雪江「代数学1~2」を読んでいても苦戦することになる上に,イメージや動機の説明などが乏しいためやはりお勧めはしない.

★圏論

下の2冊以外には中岡宏行「圏論の技法」とかスティーブ・アウディ「圏論」の名前をよく聞く. 「圏論の技法」を圏論を勉強する1冊目にはしない方がいい.

なお日本評論社の「圏論の歩き方」はハズレであるので買わない方がいい.

前提知識

定理の証明を理解するだけなら,集合論があれば足りる.

しかし具体例を理解できた方がよいので,位相空間論と線形代数,群論あたりは知っていた方がよいように思う.具体例をすべて理解する必要はない.

概要

数学のさまざまな分野で共通に現れる,普遍性・関手・自然変換という概念を定義するのがそもそものモチベーションだったと思われる.抽象的でオシャレな分野であり,熱狂的なファンがたくさんいる.随伴関手が極限を保存するという定理までは勉強しておくといいと思う.

位相空間論と同じく,「さまざまな分野で基礎となる抽象論」というポジションであり,そのためモチベーションがわかりづらい面がある.某先生は,かつて私に対して「圏論なんて何がおもしろいんですか.私は,あんなものおもしろいとは思いませんけどね」とおっしゃったことがある.最初のうちはあまり深入りしない方がよいと思う.必要になったときに戻ってきて勉強すればいい.

Leinster 『ベーシック圏論』

丸善出版より.Tom Leinster「Basic Category Theory」の日本語訳. 略称はべしけん. 訳者が演習問題に解答をつけてくださっているので,この本は原書だけでなく日本語訳もオススメ. 現在,圏論の入門書の決定版だとおもう.

マックレーン『圏論の基礎』

丸善出版より.この分野の古典. かの名言「すべての概念はKan拡張である」によって多くの数学学徒を圏論に引きずり込んだ.

「基礎」とタイトルにあるが原題は「Categories for the Working Mathematician」である.初学者向けではない.

Riehl 『Category Theory in Context』

  Dover Publicationsより.著者のサイトから無料でDL可能.

1回生のときセミナーで使用した本. べしけんにはない,Kan拡張の詳しい話がちゃんと載っている. 「圏論の基礎」の現代版というべき立ち位置だと先輩が言っていた.

★複素解析

笠原乾吉「複素解析」(ちくま学芸文庫)が良いという話を小耳にはさんだ.

前提知識

実解析の知識は全面的に必要.ベクトル解析もわかっているに越したことはないが,別に知らなくても問題ない.

また,位相空間論の理解が必須.開集合・閉集合・境界という概念が頻出であるほか,コンパクト性と連結性の概念が重要.

概要

複素数に値をとる関数を考え,その微分可能性について考える.複素数の場合は微分をとる際に実軸だけでなく虚軸方向からの極限も考えないといけないので,「微分可能」という言葉の意味が少し強くなる.……たったそれだけの違いなのだが,しかしこれが驚くほど大きく効いてくるのである.実関数の意味で微分可能な関数を単になめらかというならば,複素の意味で微分可能な関数は超なめらかと呼ぶべきではないか?というほど違う.

たとえば,以下のような点で実関数とは違う.

  • 複素の意味で1度微分可能なら,何度でも微分可能

  • 複素関数は正則な領域のある開集合上で値が決まっていれば,実は全体で値が一意に定まる.(一致の定理)

  • ある孤立特異点を除いて正則な領域があれば,そこにおける積分の値は特異点だけで決まる.(留数定理)

とくに「実関数の実数上の積分がなぜか複素数を介するとさらっと解ける」という留数定理のインパクトが極めて大.初めて習ったときは魔法のような感じがしたし,今でも不思議.これから勉強する人もぜひ楽しんでほしい.

ところで,ここまで実関数との違いを強調してきたが,関数全体の値が一部分だけで決まるという現象は実関数のときにもあった.$x=0$ のまわりでのTaylor級数の式

$$ f(x) = f(0) + \f{f'(0)}{1 !} x + \cdots + \f{f^{(k)}(0)}{k !} x^k + \cdots $$

を思い出してほしい.これは関数 $f$ をベキ級数で表している式なのだが,その係数は $x=0$ の周りだけに依存して決まっている.つまり,解析的関数という条件をつけると,関数の値というのは $x=0$ の周りだけで決まってしまうのである.これはもちろん $x=0$ に限った話ではなくて,どこでもいいから1点の周りの情報があれば $f$ 全体が再現できる.

複素解析ではこの仮定の「解析的関数」のところが正則関数に置き換わるだけであると思えば,実解析と地続きの世界であることがわかる.

Stein, Shakarchi 『複素解析』

日本評論社から.全4巻あるプリンストン解析学講義の第2巻である.応用例やイメージ・モチベーションの説明が豊富で,けして読者を困惑させない.これは私の持論だが,非形式的なトークが充実している本は良い本である.このシリーズは日本の数学科のカリキュラムとは順番・構成が違うので,そこだけ注意が必要.

この巻でも複素関数論の応用例がしっかり載っている.ゼータ関数を経由した素数定理の証明や,テータ関数を使った4平方和定理の証明などである.

チャーチル, ブラウン『複素関数入門』

数学書房から.某先生に「アールフォルスわからん」と愚痴をこぼしたところ,この本を勧められた.初学者向けの本. 話題を絞って丁寧に解説している. 比較的すぐ読み通せて,複素解析の概要をつかむことができる. 初めにこれを読み,そのあとより詳しい本を読むと挫折しにくい.

敢えて文句を言うなら,演習問題が精選されている感じがしないことか.

アールフォルス『複素解析』

  現代数学社から.原著の初版は1953年なので,かなりのロングセラーである.

分厚くてさぞ内容が多そうな見た目だが,実は位相の説明に序盤のかなりの紙数を割いているため実質的な内容はそう多くない. 説明が丁寧とは言えないが,本質を突いたことが簡潔に書かれている. 解析接続のところでなにやら難しいことが書かれていて面食らったが,普通は一致の定理が理解できていれば十分であると聞いて安心した記憶がある.

川平『入門複素関数』

邦書枠で紹介.裳華房から2019年に出た.私は読んでいないのだが,ちょっと気になっている本のひとつ.初学者向けの本であり,実解析と複素解析でどういう違いが生じるか?という点をクローズアップしているらしい.

確率・統計・確率過程

大学の教養の授業では確率論は統計学と合体している.そこで中心極限定理と大数の法則,仮説検定などを教わることだろう.しかしながら,これらはあくまで基礎であってあまりおもしろいものではないと思う.そこで本稿では確率過程(とくに初等的に扱えるマルコフ過程とランダウォーク)の重要性を強調することにした.

Grimmett, Stirzaker 『Probability and Random Processes』

Oxford大学出版より.1回生向けのIntroduction to Probabilityという授業で教科書として指定されていた本.

3回生前期向け

数学には大きく分けて代数と幾何と解析の3つの分野がある. どれに興味があるかを自問してみよう.

★環と加群の理論

見出しをどうするか大いに迷った.今も迷っている.だいたい3回生の前期の「代数学I」の授業で習う範囲の内容を指したいのだが……ぴったりくる言葉が見当たらない.

「可換環論」とすると Krull 次元や Zariski 位相,Dedekind環,果ては離散付値環といった内容まで含まれるものと誤解されてしまいそうだし.授業名と同じ「代数学」にすると,含まれる範囲が広すぎてなにがなんだか.

歴史的なモチベーションを考えるなら,「代数体の整数環がDedekind環であり,Dedekind環では素イデアル分解の存在と一意性定理が成り立つこと」までで一区切りとするのが自然なので「Dedekind環論」としようかと思ったが,それだと目的を代数体の理論に絞り過ぎている.環論の応用はそれだけではないので不適切.

結論を言うと,この記事ではおおむね次の内容を「環と加群の理論」としてまとめることにした.

  • 環と加群,イデアルの定義.体の定義.

  • 素イデアルと極大イデアル.そして剰余環との関係.

  • テンソル積・局所化の定義と普遍性

  • 完全系列の定義とテンソル積の右完全性,テンソル積による係数拡大

  • PID(単項イデアル整域)とその上の加群の理論.単因子論ともいう.

  • Noether環と,Noether環上の加群の理論.Nother環上では,有限生成加群の部分加群がやはり有限生成であることなど.

  • 中山の補題.

この記事では代数学のこのあたりの内容を「線形代数の一般化」ととらえ,ベクトル空間の係数を体から環へ一般化する理論として紹介する.

無料で読める本として,A Term of Commutative Algebraがある.通称たむじぇぶら.なかなかクオリティが高いらしい.

前提知識

線形代数を知らないと,そもそも何を一般化しようとしているのかがわからないため線形代数は必須.

群論を知らないと,そもそも加群の概念が理解できないため群論も必要.

たまに選択公理を使ったりするので,選択公理とZornの補題の同値性なども知っていた方がよい.

概要

環とは,足し算と掛け算ができるような集合のことである.加群というのは,環からの作用が入ったAbel群のことである.環自身の部分加群をイデアルと呼び,いろいろと理論がある.

環上の加群の理論は,線形代数の一般化であるとみなせる.線形代数では,「有理数を係数とするベクトル」とか「複素数を係数とするベクトル」といったものを考えていたが,その係数の部分が一般化され,より多くの状況が扱えるようになる.環論の言葉を使うと,線形代数とは「体上の有限生成加群」についての理論であったということが見えてくる.

数学の多くの分野においてそうだが,線形な世界は大変に性質の良いパラダイスであった.体上の加群は(選択公理を仮定すれば)自由加群であり,すべての部分加群は直和因子であった.係数環が一般の可換環になると,これはもはや成り立たない.そこでより高等な道具が必要となる.

これだけだと動機の説明としては不十分だと思うのでさらに補足しておく.可換環論のモチベーションは主に「代数体を調べたい」と「代数多様体を調べたい」の2つである.

歴史的には,環やイデアルという概念は有名なFermatの最終定理の証明を模索するなかで有用性が見いだされた.有理数体に対して1の$n$ 乗根 $\zeta_n$ を添加した体を円分体というのだが,多項式 $x^ n + y^ n$ は円分体 $K = \Q(\zeta_n)$ の中では因数分解できる.そこで$K$ に対して整数環 $\mathcal{O}_K = \Z[\zeta_n]$ を考えたくなるのだが,不幸にして $\Z[\zeta_n]$ では素因数分解の一意性が成り立たない.

環 $\Z[\zeta_n]$ がPIDであれば問題ないのだが,一般にはそれは正しくないので,数を素数に分解する代わりに,イデアルを素イデアルに分解するという発想が生まれたのである.これにより,円分体 $K$ の類数(類数とは,整数環がどの程度PIDから離れているかを表す指標) が $p$ で割れないような素数 $p$ については,Fermatの最終定理が成り立つことが証明できた.Fermatの最終定理が個別ではない $n$ について*1証明されたのはこれが初めてで,大きな進捗であった.

可換代数は代数幾何学の基礎としても重要である.代数閉体 $k$ 上の有限生成多項式環 $k[x_1, \cdots ,x_n]$ を研究することは,代数多様体の研究と密接に関わっている.UFDとPIDという概念を習うと思うが,UFDの典型例は体上の多変数多項式環である.また局所環という概念があるが,代数多様体における各点のまわりの情報を取り出しているように見えるのでその名がある.

雪江『代数学2』

初学者の最初の一冊として悪くないとおもう.環論とGalois理論が同じ本で勉強できるのでコストパフォーマンスが良いし,授業の参考書として使いやすい.

なお同じ著者の「代数学3」を続けて読むのはお勧めしない.内容が広く浅いので散漫な印象を受ける上に,モチベーションがわかりづらいためである.

Atiyah, MacDonald『可換代数入門』

共立出版から.原著の初版は1969年.松村可換環論と並んで超がつくほど有名な本.可換代数を勉強するときの定番であり,私は読んだことがないが評判も良い.

この本はもともとグロタンディークのEGA(代数幾何原論)を読むための必要最小限の準備として書かれたものである.*2したがってスキーム論への導入を意図した記述が多く,初学者が読むと「これなに?何が嬉しいの?」となってしまいそうでちょっと紹介するのが怖い.

有木『加群からはじめる代数学』

日本評論社から.この記事で採用した「可換代数は,線形代数の一般化として導入されるべき」という思想をそのまま体現する入門書.私は読んだことがないが,あまりに著者に親近感を感じたので「これは紹介せねば!」と思った.

★測度論・Lebesgue積分論

新しめの本としては,朝倉書店から出ているタオ ルベーグ積分入門などがある.

前提知識

実解析の知識は全面的に必要.

可算集合と非可算集合の違いをきちんと理解していないといけないため,集合論も必要.開集合系を考えるので位相空間論も必要である.

概要

測度というのは,面積の概念を厳密化したようなものである.Lebesgue積分を定義しようとすると必須.Lebesgue積分論は現代的な公理的確率論の基礎になっているほか,Fourier解析の基礎でもある.

Lebesgue積分をわざわざ考えると何が嬉しいかというと,極限との相性が良くなるのである.Riemann積分可能な関数の典型は「連続な関数」であるが,連続な関数の列の極限をとっても,関数列の収束の仕方が甘いと極限関数が連続とは限らず,したがって積分できないことがある.そこで一様収束というより強い仮定が必要になっていた.

Lebesgue積分ではそこが簡単になる.Lebesgue積分で積分を考える関数は可測関数というクラスをなすが,可測関数は各点の極限をとる操作で閉じているというのが大きく効いてくるのである.

伊藤『ルベーグ積分入門』

裳華房より.測度論を勉強するには定番の本であり,実際良い本だと思う. 解析学Iの授業ではDynkin族定理という定理を使っていて大変わかりやすかったが,この本にはDynkin族定理は載っていない. 吉田伸夫「ルベーグ積分入門―使うための理論と演習」には載っているらしい. 確率論系の本によく載っているとのこと. この伊藤ルベーグではLebesgue測度が存在することを最初に示しているが,退屈なら飛ばしても問題はない.

後半の関数解析の話は黒田関数解析等で読んだ方がいい.

Stein, Shakarchi『実解析』

日本評論社より.プリンストン解析学講義の第3巻.応用例やモチベーションがしっかり載っていてストーリー性に富んだ良い本である.フラクタル図形のハウスドルフ測度の話などが載っている.

なお数学科の通常のカリキュラムとは順序・構成が異なるので注意.この本だけを読んで勉強すると授業との違いに戸惑うかもしれないので,副読本向け.

吉田『ルベーグ積分入門』

日本評論社より.もともとは遊星社から出ていたが,遊星社が滅んでしまったため日本評論社から出ることになった.初版は結構古いが,新装版が出たのは2021年3月である.

伊藤ルベーグを含むルベーグ積分についての多くの本では,ジョルダン外測度がどうとか,ルベーグ測度は本当に存在するのかといった測度論の細かい話を先に書いているだが,本書では「それは枝葉末節であって,ルベーグの収束定理やフビニの定理が使えるようになることがまず大事なことであろう」というスタンスをとっている.正しいスタンスだと思う.

一見して初学者向けのやさしい本に見えるが,解析を専攻するひとにも読まれている本であり,今後伊藤ルベーグに代わる地位を得ていくかもしれない.私は読んだことがないがお勧めできる本.

★ベクトル解析・多様体論

ベクトル解析と多様体論は本来は科目としては別のものだが,数学科ではベクトル解析はほぼ多様体論の前置き程度にしか比重が置かれないため,こういう章立てにした.なぜそれほどベクトル解析が従属的に扱われるかというと,ベクトル解析における定理が多様体論における定理の特別な場合として導かれてしまうからだと思う.ベクトル解析における主要な定理としては

  • 3次元ベクトル場の回転についてのストークスの公式

  • 3次元ベクトル場の発散についてのガウスの定理

  • 2次元ベクトル場についてのグリーンの定理

などがあるが,いずれも一般次元の多様体論におけるストークスの定理から直ちに従う.ついでに,発散や回転といった概念も微分形式という一般概念に内包されてしまう.ベクトル解析はほぼ完全に「多様体論の具体例」とみなせるのである.そういうわけなので本稿でも(かわいそうだが)ベクトル解析は無視し,特に参考書を紹介したりはしない.

多様体論についてだが,松本と並び,松島与三「多様体入門」が有名. 普通は基礎と入門では入門の方がやさしいのだが,この本の場合は逆で,「多様体入門」の方が難易度が高い.

前提知識

実解析,それも多変数の場合の知識が少し必要.

多様体を定義する際に位相の言葉を使うので,位相空間論も全面的に必要.

線形代数も必要である.それもかなり本格的に必要.なぜ必要になるかというと,多様体論においては微分というのは線形なものへの近似であるから.接ベクトル空間などを考えるほか,外積代数が出てくる.また,微分写像の階数を考えたりもする.

概要

多様体とは,局所的にユークリッド空間と同一視できるような空間である.ユークリッド空間と違って曲がっていても構わない.歴史的にはモチベーションは非ユークリッド幾何の一般化にあったようである.

より一般化された代数トポロジーの視点から言えば,多様体というのはかなり性質の良い空間の例になっている.たとえば,ポアンカレ双対性が成り立つのはほぼ多様体に特有のことである.

多様体論を学ぶありがたみは何かというと,私は「空間への埋め込みによらないやり方で曲面を考える」という発想が学べることにあると思う.

多様体を定義するとき第二可算とハウスドルフを仮定するが,これはWhitneyの埋め込み定理が成り立つように細工しているのである.つまり多様体は,十分次元の大きなユークリッド空間に埋め込める.「それなら埋め込めばいいじゃないか,なぜ局所座標なんて考える必要があるのか?」という疑問を持ったと思うが,空間への埋め込み方に依存しない方法で考えたいという強いモチベーションがあるからというのが答えである.

また,多様体論の授業で習うde Rhamの理論は,のちに代数トポロジーで登場するコホモロジーという概念の具体例になっており,代数トポロジーへの導入として教育的に重要である.

代数幾何の理解を目指すこの記事としては,代数幾何学とのかかわりも強調しておくべきだろう.代数幾何学では層や局所環付き空間というものを考えるが,あれはアトラスによる多様体の定義を一般化するために必要なものなのである.そのアナロジーから自然にスキームの定義が導かれる.

また複素多様体を考えると,代数閉体なので自然に代数多様体との関連が浮かび上がる.

松本『多様体の基礎』

東京大学出版会より.あっさり読めるという評判で,数学徒の間ではライトノベルと呼ばれている. とても有名な本だし私も読んだけど,これから勉強する人はTu多様体を読んだほうがいい. 説明は丁寧で行間もないのだが,内容が少なすぎる.

Tu『多様体』

裳華房より.裳華房が洋書を翻訳するのは結構珍しい.

松本「多様体の基礎」より叙述が簡潔で,内容がずっと多い. 松本の内容の他にLie群・Lie代数や商空間,DeRham理論など. 実解析や位相空間論の予備知識を付録にまとめてくれているのが嬉しい. 今後は松本多様体に比肩する地位を得ていくことだろう.

★計算代数幾何

本稿の目的のひとつに「代数幾何に入門するまでの道筋を示すこと」がある.

よくある答えは「アティマクを読み,その後ハーツホーンを読む」であるが,しかし本稿ではこの道を勧めない.これが最短コースであるのはそれはそうだが,これだと代数多様体を調べたいという気持ちさえ理解できないままスキーム論に飛び込むことになってしまうからだ.

まずは代数多様体という対象に慣れ,代数多様体を調べる価値のある興味深い対象だと思えるようになることが入門の第一歩であると思う.異論は認める.

そのために,まずここでは可換環論という道具が代数多様体という研究対象を扱う上でどう役に立つのか理解することをまず目標とする.具体的にはおおむね次の内容を学ぶことを目指す.

  • Hilbertの基底定理(Noether環上の有限生成環はNoether),Hilbertの零点定理

  • 一意分解整域とPIDまわりの話.UFDなら素元と既約元が一致するとか.体上の一変数多項式環がPIDであることとか.体上の多項式環がUFDであることとか.

  • 消去理論,拡張定理,終結式

  • イデアルの所属問題と割り算アルゴリズム,グレブナ基底

  • アフィン代数多様体,座標環,有理関数体の定義など

  • 代数曲線の特異点,包絡線

  • 射影空間,斉次イデアル,Bézoutの定理

  • 多様体の次元,体の超越次数,Hilbert関数,環のKrull次元あたりの話題

前提知識

線形代数は絶対に必要.微積も知っていた方がよい.

体 $k$ 上の多項式環 $k[x_1, \cdots , x_n]$ が主な舞台になるため,環論の初歩がわかっていると良い.

接空間についての話が出てくる.多様体論を知らなければ,後で学んでおくべき.

体論も代数閉包の存在と一意性くらいは知っていて欲しい.

概要

多変数の多項式環 $A = k[x_1, \cdots , x_n]$ におけるイデアル $I$ の共通零点について考察する分野である.

たとえば,ある多項式 $f$ が与えられたときにこれが $I$ に含まれているかどうか計算する方法が問題として取り上げられる.1変数であったときには特に問題はない.このとき $A$ は単項イデアル整域なので $I = gA$ なる多項式 $g$ がある.$g$ で $f$ を割って余り $r$ を求める.そうすると $r=0$ であることが $f \in I$ であることと同値になる.何も難しいことはない.

しかし多変数となると状況が変わる.相変わらず $A$ はNoether環なので $I = (g_1, \cdots , g_m)$ なる多項式 $g_i$ が存在する.そこで $f$ を $g_i$ で割って余り $r$ を求める.ここまでは問題ないのだが,あまりの $r$ が生成元の取り方と割る順序に依存してしまい,一意的でなくなるのである.結果 $r \neq 0$ であったとしても $I$ の元でないと断言できなくなってしまう.

この状況を打破するためにグレブナ基底が導入されるのだが……続きは自身の目でぜひ確かめてみてほしい.

Cox, Little, O'Shea 『Ideals, Varieties, and Algorithms』

Springer から.とにかく読者に「どのようにしてこの発想にたどり着くのか」という発想の経緯を丁寧に説明してくれるので,読んでいて困惑させられることがない.具体例も豊富でイメージ説明が充実しており,それぞれの主張の意味も分かりやすい.素晴らしい本である.

特色として,計算の観点が強調されている.数学科のひとは計算は数学的でないとして嫌がることが多いが,計算機が扱えなければ具体例の計算などほぼできないので,計算機は扱えた方が良いと思う.

ただし,入門書であるためこの本を読んでも代数幾何の全体像を理解するには至らないだろうし,「代数幾何によってどういう問題が解けるようになるのか」も解らないと思う.また,論理的には完全な self-contained ではなく欠陥がある.9章あたりの証明は完全ではなく,一般の多様体ではなく超曲面に対してしか証明されていない命題が多数ある.あくまで入門書であることは理解しておくべき.

過去にこのブログで読んだ記録が以下にある.

丸善から日本語訳が出ていたが,2021年11月現在絶版である.

3回生後期向け

 

★体論・Galois理論

岩波基礎数学選書の藤崎体とガロア理論はなんでも載っているので辞書として便利だったが,絶版になってしまって入手困難である.

前提知識

体上の加群を考えることがあるので線形代数は必要.

群論を知らなければそもそもGalois群が理解できないので,群論も必須.

多項式環を考えたりするので,環と加群の概念も理解していた方がいい.

概要

体というのは,四則演算ができる集合のことであり,Galois理論とは,体の拡大というわかりにくいものをガロア群というわかりやすいものに対応させることができるという理論である.

歴史的には,一般の5次方程式に代数的な解の公式がないことを証明する過程で考えられた理論である.それによって方程式論は「終わった」のだが,Galois理論そのものは体についての最も基本的な理論として生き残った.

「方程式が代数的に解けないことの証明」という応用があまりに有名すぎて知られていない気がするのだが,Galois理論の意義は方程式論にとどまらない.たとえば代数体と整数環の理論において応用があり,Galois群の素イデアルへの作用を考えたりする. 体を扱う際の基本的な道具という感じである.

Galois理論による方程式が解けないことの証明がどんな感じで行われるのか,なぜ体論や群論が大切なのか軽く説明しておこうと思う.

まず2次方程式の解の公式を軽く振り返っておこう.有理数係数の2次多項式 $f(x) = x^2 + 2ax + b$ が与えられたとする.このとき解の公式は

\begin{align} \alpha &= - a + \sqrt{ a^2 - b } \\ \beta &= -a - \sqrt{a^2 - b} \end{align}

が $f$ の根になっていることを教えてくれる.体論の言葉で言えば,有理数を平方根で拡大した体 $\Q( \sqrt{a^2 - b} )$ まで係数を拡げれば $f$ が因数分解できることを示している.

さらに3次と4次の方程式にも解の公式がある.3次多項式は適当な変数変換で $g(x) = x^3 + 3p x + 2q $ という形にできて,このとき $g$ の実数根のひとつは

\begin{align} \alpha = \sqrt[3]{ -q + \sqrt{q^2 + p^3} } + \sqrt[3]{ -q - \sqrt{q^2 + p^3} } \end{align}

と表せる.体論の言葉で言えば,係数体 $\Q$ に平方根と立方根を付け加えて拡大した体

\begin{align} K = \Q( \omega , \sqrt[3]{ -q + \sqrt{q^2 + p^3} } ) \end{align}

を考えれば,$K$ 上で $g$ は1次式の積として因数分解できるということである.ただし $\omega$ は1の原始3乗根であるとする.

このように,解の公式が存在するということは,体論の言葉で言えば「係数の有理式のべき根を繰り返し添加して到達できる体の中で,多項式が1次式の積に因数分解できる」ということと対応している.これで方程式論と体論のかかわりがわかったと思う.

次になぜ群論が大切なのかを軽く説明する.解と係数の関係により多項式の根は,係数の基本対称式で表される.しかし表現したい対象である根そのものは対称式ではない.つまり係数を使って根を表すためには,対称式の対称性を崩す必要があるわけである.四則演算では対称性が保たれてしまうため,対称性を崩すのに使えるのはべき根を取る操作だけである.

ここまでくると解の公式が存在するか?という問題は,べき根を取る操作だけで対称性を十分に崩すことができるか?という問題に置き換えられるのである.そしてそれは「多項式のGalois群が可解群でない限り不可能である」というのが答えになる.

雪江『代数学2』

Galois理論の定番教科書. 初学者の最初の一冊として悪くないと思う.後半に応用や発展的な話が書かれているが,初学者はGaloisの基本定理まで読んだら後は読み飛ばすくらいでも構わない.なぜかというと,「代数多様体を調べたい」とか「代数体を調べたい」というような一貫したストーリーなしで純粋に代数学として勉強してもおもしろくないからである.

繰り返すが同じ著者の「代数学3」はお勧めしない.

Cox 『Galois Theory』

Wileyから.私はちゃんと読んでいないが応用の話や歴史的経緯の話が充実していて楽しそうな本.反面そのせいで分厚い本になってしまっているため,初学者が読む場合はそういった枝葉の話は適宜飛ばした方がいいかも.

日本評論社から邦訳が出ているが,現在絶版.古本もプレミアがついて高騰しているので原著で読むか,図書館で借りるしかないだろう.

★Fourier解析・Hilbert空間論

「函数解析」という見出しにしようかと思ったが,函数解析と言ってしまうと含まれる内容が多すぎるのでこういう見出しにした.

前提知識

実解析の知識は必要.これが理解できていないと何も始まらない.

線形代数も,ベクトル空間とその基底が登場するので,そういった概念に慣れていることが必要である.

Lebesgue積分を使わないと関数空間の完備性が示せないので測度論は前提知識として必要だが,しかし測度論を仮定しなくてもスタイン・シャカルチがやっているように主要な結果を述べることはできる.どうせ優収束定理とフビニの定理と完備性くらいしか使わないので,測度論がわからなくても何も心配することはない.

複素数に値を持つ関数を考えるが,正則性は仮定しないので複素解析の知識は必要がない.

概要

めちゃくちゃ大雑把に言えば,Fourier解析とは「そこそこ良い性質を持つ関数は,波の重ね合わせによってある程度表現できる」と主張する理論である.もう少し正確に言うと,三角関数の族

\begin{align} e_n(x) = e^{i n x} = \cos nx + i \sin nx \end{align}

がある自然な関数空間において,標準的な座標ベクトルになっていると主張している.

歴史的には振動弦や熱の拡散の問題を記述する微分方程式の解を探す過程で考案されたらしい.つまり,もともとのモチベーションは物理にある.しかしながら物理だけに収まらない重要性を持ち,数学的にも驚くほど豊かな応用がある.たとえば,スタイン・シャカルチに載っている話であるが,算術級数定理への応用などがある.

Stein, Shakarchi 『フーリエ解析入門』

プリンストン解析学講義の第1巻.

測度論を前提としないFourier解析の説明がある.関数空間の説明は最小限にとどめ,代わりに本題のFourier解析の動機と応用をしっかり説明している.モチベーションの説明が丁寧なので読みやすい.応用として,算術級数定理(公差と初項が互いに素な等差数列には無限個の素数がある)への応用が載っている.

なお数学科の通常のカリキュラムとは順序・構成が異なるので注意.この本だけを読んで勉強すると授業との違いに戸惑うかもしれないので,副読本向け.

黒田『関数解析』

共立出版より.Hilbert空間の一般論を丁寧に説明してから,その特殊ケースとしてFourier解析を導入するという構成の本.上級者向けの本と紹介されることがあるが,行間はないので初学者でも読める. ただし,Fourier解析入門にとどまらない豊富なトピックを扱っているため,話題が広すぎて初学者にはかえってしんどいかもしれない.途中で適当に打ち切ればいいだけなので,この本は悪くないのだが….

動機となる問題や発想の経緯の説明はあまりないので,そのあたりを補いたい人はスタインシャカルチを読むといい.

初学者以外のひとにとっては,説明が丁寧な上に広範な話題を解説してくれる良い本といえるだろう. ただし超関数の一般論は扱っていないので,注意が必要.

★代数的トポロジー・位相幾何学

田村一郎「トポロジー」を勧められることが多い. 服部晶夫「位相幾何学」は通読するのがしんどいらしい.

前提知識

位相空間論を知らなければ話にならない.

基本群という概念が登場するため,群論もある程度は知っていた方がよい.

コホモロジーという概念は例を知っていた方がたぶんわかりやすいので,多様体論も知っていると楽.

圏論は知っていれば楽しいが,知らなくても問題はない.

概要

一般向けの数学の本で「トポロジー」と呼ばれているのがこの分野である.

高校で習った初等幾何(三角形の5心がどうとか,3つの直線が1点で交わってどうとかいう内容)を思い出してもらうと,あれは図形の合同変換で不変な性質を考察していたことになる.なお合同変換とは,2点間の距離を変えないような変換のことである.その類推でいうなら,代数的トポロジーとは,図形の同相変換やホモトピー同値な変形で不変な性質を研究する分野ということになる.

直感的に言うなら,図形を粘土のようなやわらかいものだと思って,連続的に引き延ばしたり押縮めたりするのはいいけれど,切ったり,穴を開けたり,トンネルを作ったりするのは禁止されているとして,そういう変換でなお不変な性質を考えているのだと思っていただければよい.

そういう問題設定ではもはや距離という概念は意味をなさない.合同でない変換が許されているので,もはや距離はwell-definedにならない.ゆえに,もはやユークリッド空間に図形を埋め込むことはナンセンスとなるので,新たな舞台が必要となる.連続的な変形で不変なものとは何だろうか?ということを考える必要が出てくるのである.ここまで勉強された方はこの問いの答えを知っているだろう.位相である.

そういうわけで自然に位相空間として図形を考えるという発想が出てくる.位相空間の中で考えることの利点として,空間を貼り付けたり切ったり縮めたりというような操作が容易に正当化できることがある.

代数的トポロジーのおもしろいところは,見たところ図形とまったく関係のない問題が代数的トポロジーで解決できることがしばしばあることである.たとえば複素係数の定数でない多項式 $f \in \C[z]$ が少なくとも一つの根を持つということ(代数学の基本定理)も代数トポロジー的な発想で証明することができる.*3

具体的にどうするのか.背理法で示す.$f(z)$ に根がなかったとすると,$g(z) := f(z)/ |f(z)|$ はつねに単位円周 $S^ 1$ 上にあることになる.

$z = r e^{i \theta}$ と書いてみると,$g_r(\theta) := g(r e^{i \theta})$ は単位円周上の曲線である.ここで $r$ というパラメータを変えたときに曲線 $g_r$ がどう変形されるかに注目する.$r=0$ のときは1点である.$r$ が大きいとき,多項式の最大次数の項だけが効いてくるので $g_r$ はほぼ $e^{in \theta}$ と同じ曲線になる.つまり円周に対して $n$ 回巻き付いているような曲線である.

ここで,曲線 $g_r$ はパラメータ $r$ に連続に依存しているので,1点で留まるような閉曲線を連続的に変形することで円に $n$ 回巻き付けることができることになり,これは不可能なので矛盾.

代数学の基本定理は,もし根がなければ $1/f$ が全平面で正則かつ有界であることを用いてリュービルの定理で示すのが有名だが,代数トポロジーを使ったこの証明の方が直観に訴えかけるので私は好き.

こういう,位相幾何の考え方でどういう問題が解けるのかについては,次の動画が参考になる.非常におもしろいので是非見てほしい.

youtu.be

Hatcher 『Algebraic Topology』

Algebraic Topology

Algebraic Topology

Amazon

Cambridge University Pressより.洋書である.この本は著者のHPから無料でDLできる.

某先生のおすすめと聞いた. 海外では標準的な教科書になっているらしい. すごく分厚い. 絵や例がたくさん載っている. 直感的な説明をし尽くしてから理論を語るという書き方で,くどいくらいたくさん説明してくれる. 基本群を語る前に,まず投げ縄の話を…という調子. 正誤表がネットで手に入る. 本全体も同じ著者のページからダウンロードできる. 演習問題がしこたま載っているが,答えやヒントは全くない. 答えが欲しい人はネットの海に答があるのでダウンロードしておこう. ただこの本,冗長なほどイメージを語るくせして証明がザツ. おまけに用語の定義までフィーリングで書いてあるので,語によってはほかの文献ではどういう定義になっているか調べる必要がある. 正直丁寧とはいえない. でも代数的トポロジーの本で例や直感的イメージの説明がこれほど多い本は稀なので,読む価値があると思う. 特にホモロジーのイメージ説明は一読の価値がある.

圏論的な解釈があまり書かれていないという不満がある. 圏論的な話が知りたければMay「A Concise Course in Algebraic Topology」を覗いてみるといい.

加藤『位相幾何学』

裳華房より.著者名はミツヨシと読む. ジュッキチではない. 某先生のおすすめだが,私には難しすぎた. 途中で挫折. この本で理解できる人は幾何学の素養が既にある人だと思う. 私は代数トポロジーの勉強を始めたばかりのころ,良い本を探して人におすすめの本を訊いてまわったり,図書館を物色したり,できる限りのことをしたが,結局直感的イメージの詳細な説明がある本はHatcherしか見つけられなかった. Hatcherの項でさんざん悪口をいいつつも「読む価値がある」とツンデレ気味なのはそういう事情による.

フルトン『代数的位相幾何学入門』上・下

邦訳枠で紹介.私は読んだことがない.回転数という概念がほかの本よりも強調される.Five-Lemmaを五補題と呼んだり,現代的な本ならトポロジーと呼ぶところをいちいち位相幾何と言ったり,ちょっと古い感じがする.

しかし小木曽さんの代数曲線の本で「こんなに面白い本は読んだことがない」と絶賛されていたので,まじめに読むとおもしろいのかも.

★楕円曲線論

前提知識

きちんと理解しようとするとかなり予備知識が必要である.雰囲気だけ知ることを想定して書く.

楕円曲線に群構造を入れるところから始まるので,群論を知っていることは前提.

ここまでに習う群・環・体などの代数系の理論は知っていてほしい.

複素解析で楕円関数を習ったことがあるとなおよい.

射影空間の中で議論をするので,射影空間について学んだ経験があるとよい.

また古典的な代数幾何についても,代数曲線の特異点の定義くらいは知っていた方が良い.

概要

楕円曲線とは,敢えて一般的には正しくない言い方をすれば $y^ 2 = x^ 3 + ax + b$ という式で表される非特異な平面代数曲線のことである.非常に特殊な曲線を定義しているように聞こえるが,双有理同値な曲線同士は同一視されるので,それほど特殊でもないことがわかるだろう.円錐曲線の次に簡単な代数曲線というイメージ.

ここで非特異というのは,どの点でもちょうど1本の接線が引けるということである.楕円曲線にはAbel群としての構造を入れることができて,これがチョット便利.

この曲線に対して「有理点(整点)があるか?あったとして,それは有限個か無限個か?」というディオファントス問題を考える分野が楕円曲線論である.

2次曲線(円錐曲線)の場合は,ディオファントス問題は簡単というほどではないが,それなりに扱いやすい.3次曲線になると未解決問題だらけの領域に突っ込むことになる.

Silverman, Tate『楕円曲線論入門』

丸善出版から.群の定義さえ知っていれば1回生でも読めそうなやさしそうな見た目をしているが,それは間口を広げるために議論を端折ったり,詳細をごまかしたりしているからである.実際には結構要求される予備知識のレベルは高い.射影幾何学のことは事前に知っていた方が良いだろう.

動機の説明などが丁寧であり,良い本だと思う.ただしこの本は入門書のため,Siegelの定理やMordellの定理の証明が完全ではない.したがって「頭から舐めるように全部読む」という読み方はしない方が良い.だいたいどういうことが書かれているのかだけ把握しておけばいいかな.

有名なAECは著者が同じシルヴァーマンだが,この本とは違ってあちらはより高度で,邦訳もない.間違えるわけないだろと思いきや,たまに間違えるひとがいるので要注意.

このブログで過去に要約を書いたことがある.読んでいただければ,この分野の概略がなんとなくわかると思う.

4回生前期向け

★Dedekind環・代数体・局所体

ここでは,代数的整数論の最も基本的な事項を学ぶことを想定している.つまり

  • Dedekind環の定義と,素イデアル分解の存在と一意性

  • 代数体の定義と,その整数環の定義.

  • イデアル類群.類数が有限であること.ミンコフスキーの定理

  • p進数とヘンゼルの補題

などである.

前提知識

工事中.

概要

工事中.

松村『可換環論』

共立出版より.古いが,有名な教科書.行間が多くて読みづらいが,話の運び方がうまい.この時点ではすべて読む必要はなく,必要なところだけ読めばよい.

雪江『整数論2』

日本評論社より.整数環の $\Z$ 基底の決定を詳しく書いている.不定方程式論への応用もきちんと書かれている.類体論は書かれていない.

ノイキルヒ『代数的整数論』

丸善出版から.この本は非常に分厚い上に結構難しいが,必要なトピックだけ拾い読みする分にはそんなに難しくないと思う.たぶん.

函数解析と変分解析

函数解析は英語ではfunctional analysisという.functionalとは汎関数のことなので,素直に訳すなら汎関数解析だろう.つまり「関数の解析」ではないわけである.そういう含みも込めて「函数」の表記を採用した.これは大学の授業名に倣った.

大学公式カリキュラムでは3回生後期配当の授業になっている.しかしながら数論幾何を目指すという本稿の趣旨からするとFourier解析までで一区切りとするのが自然に思われたのでこのようにした.

概要

函数解析とは関数のなす(有限次元とは限らない)ベクトル空間を考えることに特徴のある分野である.線形代数の無限次元への一般化であるとよく言われる.その通りなのだが,それだけだと何がしたいのかの説明にはなっていない.

Hilbert空間論はFourier解析の基礎だと言えば納得がいくが,しかしそれ以外の理論はいったいどういう問題を解くために考えられたのか,あまり明らかではない.

私が学生のころは「量子力学で必要になる」ということしか知らなかった.これは事実だが,しかし本稿は一応数学系のひとに向けたものなので,できれば数学の中だけで完結する説明を提供したい.物理についての高校範囲を超えるような知識を要する説明は,あまり好ましくない.

数学の範囲内で理解できる動機の説明は,私の知る限りでは2通りありうる.

  • 偏微分方程式論や常微分方程式論を展開するときに関数空間が必要であるという説明.解は適当な関数空間の中で探すわけだから,それはそうだと納得してもらえるだろう.

  • 最速降下曲線を求める問題のような,最適な点ではなく関数を求めるような問題を考えるのに必要であるという説明.やはり解は適当な関数空間の中で探すわけなので,もっともらしいと思っていただけるはずである.最速降下曲線を求める問題と,その一般化を含む分野として変分解析という分野がある.これは解析力学という物理学の分野にも繋がっていく.また,制御理論という分野にもつながっていく.

私はこの分野に詳しくないため,あまり自信をもって紹介できる本がない.勉強して何かわかったら追記しようと思う.

★古典的代数幾何

グロタンディークがスキーム論を持ち込んで一般化する以前の代数幾何学のことを,この記事では古典的代数幾何学と呼んでいる.

予備知識

この辺から可換代数の知識が本格的に必要になり始める.前もって一度に勉強するには量が多すぎるため,必要になったときに適宜補いながら勉強するしかないだろう.

概要

工事中.

Shafarevich 『Basic Algebraic Geometry 1』

Springerから.初版は1944年で,原著はロシア語.おそろしく古い本だが実は2013年に第3版が登場した.ここで紹介しているのはその第3版である.したがって実はHartshorne以上のロングセラー.導入される概念の動機の説明が充実しているが,証明や説明はかなり雑.行間を無視して読み,雰囲気だけふんわり掴むのがいいかもしれない.

具体的な例から始めて,徐々に一般化していくという構成になっている.2巻ではスキームが導入される.

Fulton 『Algebraic Curves』

原著の初版は1969年で,すでに絶版.したがって製本された紙の本を入手するのは難しい.PDFだけなら著者のHPから無料でダウンロードできる.

スキーム論を使わない古典的な代数幾何の教科書として有名で,先生方からの評価も高い.私は読んだことがないが,学生のゼミでもよく読まれている.

★ホモロジー代数

ホモロジー代数とタイトルにある本はいろいろあるが,本によって内容はまちまちである.ここでは

  • 層や群のホモロジー理論と,

  • アーベル圏まわりの話,そして

  • スペクトル系列

は含めないことにして,主に加群の圏の場合の

  • 複体と完全系列,5-lemmaと蛇の補題

  • テンソル積が右完全な関手であること,そしてHom関手が左完全であること

  • 射影加群・入射加群・平坦加群

  • 局所化の平坦性

  • 導来関手 $\mathrm{Tor}$ と $\mathrm{Ext}$,短完全列の長完全列への延長

あたりをこの節の内容とすることにする.なぜ層理論などを含めていないかというと,この辺りは目標となる具体的問題がないので一気に勉強するとしんどいと思ったから.

Henri Cartan & Samuel Eilenberg「Homological Algebra」が古典として有名だが,この本が初学者向けだと言っているひとはいない.河田敬義「ホモロジー代数」も良い本だそうだが,いまのところ絶版である.

前提知識

環と加群の理論を知らなければ話にならない.

また,圏が明示的に出てくるので圏論が必須.

抽象論をいきなり勉強すると混乱しがちなので,代数的トポロジーまたは多様体論を勉強したことがある方がよい.親切な本なら補ってくれることもあるが.

概要

代数トポロジーや多様体論ではホモロジーやコホモロジーという理論があった.あれは複体があったときにそこから情報を取り出すための道具であったわけだが,そこでの議論における本質的な部分は幾何学とは関係がなかった.そこに目をつけて抽象化し,他の分野でも使えるように一般化したのがホモロジー代数という理論である.

たいへん抽象的なのでうんざりするひとがいるが,実は昔は数学者の中にもそういうひとがいたらしい.かのHilbertがHilbertの基底定理(有限生成多項式環のイデアルは有限生成)を初めて証明したとき,構成的でない論法を使ったのだが,この抽象的な証明が受け入れられなかったGordanという数学者に「これは数学ではない.神学だ!」と罵倒されたという話があるのである.当時のえらい数学者でさえそうなのだから,別に抽象論にうんざりするのは変なことではない.

なおHilbertは後に,最初の抽象的な証明からヒントを得て今度は構成的な証明を得ることができた.さしものGordanも負けを認めて「神学にもよいところがあるということが,納得できた」と言ってくれたそうである.

どうでもいいことだが,この一連のGordanのセリフが私は好きである.Fermatの有名なハッタリ「私は真に驚くべき証明を見つけたが,余白が狭すぎてここに書くことができない」と並んで後世に残すべき迷台詞だと思う.抽象的でわけのわからない数学の話を聞かされたら,彼に倣って積極的に「これは数学ではない,神学だ!」と抗議しようと思っている.

Rotman 『An Introduction to Homological Algebra』

Springerから.内容が盛りだくさんで,層のコホモロジーも群コホモロジーも載っているし,ホモロジー理論を用いてSerreの示した定理「体上の多項式環$A=k[x_1,\cdots, x_n]$について,$A$ 上有限生成な射影加群は安定自由である 」の証明を紹介するということもやっている.

誤植が非常に多い.なんと見出しにまでいくつか誤植があり,出版前にきちんと校正されていないと確信できる.これで初学者が勉強するのはやめた方がいいだろう.

冒頭で著者自身が書いているように,最初から最後まで通して読むことは推奨されない.700ページもあって超分厚いので,まじめに頭から読んでいると圧倒されてしまう.興味のあるところを拾い読みしよう.

志甫『層とホモロジー代数』

共立出版から.通称は層ホモ.私が学部にいたころから,既にホモロジー代数の本として有名だった.私は読んだことがないが,日本語の本のなかではこれが第一選択だろう.

Osborne 『Basic Homological Algebra』

Springerより.私が図書館で偶然見つけて,読んでみたら面白かった本.たいへん説明が丁寧で,電車のなかで読めるほど. 立体的な図式が出てくるなど説明するのが面倒なところにさしかかっても今まで通りじっくり丁寧に説明してくれる姿はけだし数学書の鑑である. それにこれはどうでもいい話だが,Osborneさんは語り口調がかっこいい.

Abelian Categories have their own flavor, and it is a good idea to get used to it as soon as possible. Living only with arrows has its yoga.

p.361 The Mitchell-Freyd Theorem and Cheating in Abelian Categories

は名言だと思う. 残るこの本の特色として,具体圏とは限らないAbel圏について,完全性やホモロジーの議論を「元をとって行うこと」(cheating in Abelian Categories)を正当化する方法についての話が詳しく載っていることが挙げられる.

4回生後期向け

数学基礎論・モデル理論・公理的集合論

「集合と位相」では集合論なんてほぼ紹介されなかったと思う.せいぜい選択公理と対角線論法の紹介程度で,「素っ裸の集合みたいな,なんの構造も入ってないものを調べておもしろいわけないだろ」という気持ちになった方もいらっしゃるかもしれない.(私です)

また,学部教養の論理学の授業ではあまり面白いところまで進まないため,「論理なんてなんか研究することあるのか」と舐め腐った感想を持った方もいらっしゃるかもしれない.(これも私です.本当にすみませんでした)

もちろん,そんなことはないのである.

前提知識

証明と定義を理解するだけなら,別に知識は必要ない.それこそ1回生でも大丈夫.

しかし「数学の証明とはなにであったか」というような議論が展開されるため,「あーそういうことね」と納得できる程度の数学経験があったほうが良い.

  • 選択公理を代数学で使った経験があってほしい

  • 可算無限と非可算無限の違いを,解析学で実感した経験があってほしい

  • 位相空間論をある程度知っている

という要請を課したいところ.

概要・動機

論理式があれば,「その論理式を満たすものの全体」として集合が作れるという素朴な内包公理に矛盾があることはみんな知っていることである.しかし,それではどうしたらきちんとした基礎づけができるのか?という話は,あまり知られていない.

数学の基礎づけというといかにも応用がなさそうに聞こえるが,モデル理論というのがあり,代数学方面への応用がある.

キューネン『数学基礎論講義』

日本評論社から.落ち着いた語り口が特徴的な本.数学基礎論を学ぶ際の標準的な入門書であるそうである.

とにかく説明が丁寧でわかりやすい.非形式的なトークも多くて良い本だと思う.

★類体論

工事中….

Cox 『Primes of the form $x^ 2 + ny^ 2$』

Wileyより.ペーパーバック版しかない.

類体論は,勉強していても動機となる問題がわかりづらいのだが,この本はそこをきっちり説明していてとても好感が持てる.類体論だけでなく,モジュラ―形式や虚数乗法の理論の応用も知ることができるし,それに高次の相互法則などの説明もある.

このブログで,過去にイントロ部分をまとめた記事を書いたことがある.代数的整数論に興味があるなら,イントロだけでもぜひ読んでほしい.

目標地点(仮)

ここに到達するまでの道のりを示すことを当面の目標とする.

Hindry, Silverman 『Diophantine Geometry』

Springerより.ディオファントス幾何の本.

ディオファントス幾何と数論幾何の違いについて少し説明しておくと,数論幾何というのは整数環のスペクトラム上有限型なスキームの研究であるとされる.一方でディオファントス幾何とは,素体の上で有限生成な体 $K$ 上の代数多様体の研究である.要するに,数論幾何の方が問題設定が広く,発展的な内容を含む.

PartAに代数幾何の予備知識がまとめられており,「読者が証明を追わずにそれらの事実を認めることでとりあえず先に進めるように」という配慮がなされている.

*1:無限個の $n$ について証明された,とは断言できないのがつらいところ.正則素数が無限に存在するかどうかは未解決問題である

*2:日本語版のp.199の訳者あとがきを参照のこと

*3:これはHatcherに載っている