集合の全体は集合ではない
数学科のひとなら高い確率で知ってる話として,「集合の全体は集合ではない」というのがあります.
証明はシンプルです.集合全体を含む集合 $A$ があったとしましょう.そうすると $A$ の部分集合 $B$ を,「自分自身を含まないもの」として取れます.
$$ B = \{ x \in A \mid x \not\in x \} $$
とするわけです.そうすると,定義から $B \in B$ と $B \not\in B$ が同値になって矛盾します.
矛盾するのは $A$ が集合だという仮定をしたからです.だから $A$ は集合じゃないんですよ~……というわけです.
大変シンプルで明快な証明ですが,私にとってはこれが大いに疑問の種でした.集合でないなら,$A$ は何なのでしょうか.
これが「集合でない」でなくて「群でない」だったら意味は明快なんです.群の公理を満たさない,ただそれだけです.
群の公理は,ある集合 $G$ と写像 $prod: G \times G \to G$ の組 $(G, prod)$ が与えられたときに,それが群であるかどうかを記述するものですから,群でないなら「群ではないような組 $(G, prod)$」であるというだけです.何も不明瞭さはない.
しかし「集合でない」とは?
「集合の公理」はありますが,それは集合より広い何かから,集合というものを切り出すようなタイプの公理ではありません.集合より広い概念は集合論では出てきません.すべてのものは集合です.
すべてのものが集合になっているような世界で,とあるものが「集合でない」と言われても,それをどう理解すれば良いのでしょうか?
大事なこととして,「集合の全体」という概念自体が矛盾しているわけではないことに注意が要ります.
圏論では「集合の圏」を平気で考えます.だとしたら,$A$ が集合でないというのは「考えることが許されない」というような強い意味ではなくて,何か具体的な条件を満たさないという意味であるはずです.しかし,その「具体的な条件」がわからない.
暫定的な回答
これに対して,次のような回答を考えることができます.
すなわち,集合の公理というのは集合を定めているのではなくて,「集合論」を定めているのだ…と解釈するのです.
集合の公理というのは,『 $\in$, $=$ といった記号を含む有限個の記号の集まり Σ からなる言語 L が「集合論である」とは,集合の公理に従うことである』……というような,「述語論理を持つ形式的言語の中から集合論を切り出す公理」であって,よくわからない何かの中から「集合」を切り出す公理ではないのだと.
そう考えると冒頭の集合の集まり $A$ が何者であるかも明確です.$A$ が集合ではないというのは,$A$ が登場人物として許容されてしまうような理論は集合論ではないということです.
圏論はどうなる
ただ,上記の回答は圏論を考慮していません.前述のように圏論では平気で「集合全体のなす圏」を考えます.
あまり自信がないですが,圏論を土台にして集合論を展開できるという話を聞いたことがあるので,
まず「圏論」という理論を公理で定義しておいて,
その後 Set 圏を定義し,
さらに Set 圏の存在も仮定する
という風にすればいいかもしれません.そうすれば前述の集合全体は Set圏のオブジェクトとして許されないことがわかります.
適当ですが,これで上手くいくんじゃないかな….どうでしょう?
どこの本にもブログにも書かれていなかったので,私以外の人はこんなところに疑問を持ったりしないのかもしれないですね.
なにか上手い説明を知っていたら教えてください.
あと,私の書いた上記の回答が正しいという保証は全然ないので,鵜呑みにしないでくださいね.