パンの木を植えて

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位相空間論 - General Topology -

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

前提知識

graph TB S(START) --> B(微積) --> C(位相空間論)

微積分の知識は必要です.微積を知らなくても証明を追って正しさを検証することはできますが,主張の意味を理解することはできません.位相空間論で展開される理論の動機の一部に,微積の一般化があるからです.


概要

位相空間とは

位相空間論とは,距離を使わずに収束と連続性を定義するための理論的土台です.距離というのはくっつき具合を表現するのに自然なものに見えますが,実はかなり大げさで特殊なことをしていることが位相空間論を学ぶとわかります.

位相は英語で topology と言いますが,本稿では「位相空間論」の英訳を general topology としています.なぜ単に topology ではだめなのかというと,topology という言葉は位相幾何を表すのにも使うからです.基礎理論の方は general topology と呼んで,混乱しないようにしているわけです.

今の話にも出てきたように,位相空間論は基礎理論です.一般的(general)な理論です.解きたい問題が具体的に何かあって,それを解くために構築された理論というわけではありません.初めて位相空間を学ぶ学生はよく混乱して「なんじゃこりゃ???」となるみたいです.そこで本稿では,あらかじめどのようなときに位相空間論が参照されるのかという話をしておきます.


位相幾何において

代数的トポロジーという幾何学の分野がありまして,ここではユークリッド空間ではなくて位相空間の上で図形を考えますので,位相空間は言葉として必須になります.後に続く多様体論などでも同様で,位相空間の言葉を知らなければ用語の定義を理解することさえできません.

なぜ位相空間の上で図形を考えるかといいますと,連続的な変形をしても不変な性質について考えたいので,もはや距離が意味をなさないからです.


もう少し掘り下げましょう.

連続的な変形について不変な性質が,なぜそんなに興味を持たれるのでしょうか?

よく一般向けの本などでは「ドーナッツとコーヒーカップを同じとみなす理論」と紹介されますが,別にドーナツとコーヒーカップを比較したいわけではありません.そんなことは当たり前のことで,わざわざ主張するまでもありません.本当に大事なことは,これによって全く異質に見えるもの同士を結び付けることが可能になるという点でしょう.

代数学の基本定理(複素係数多項式は複素数の範囲に根を持つ)など,一見して図形や位相とは関係のなさそうなことが,位相を使ってスパッと解き明かされるさまはまるでマジックのようです.

3Blue1Brownの動画『Who cares about topology?』に素晴らしい説明があるので良かったら見てください.「閉曲線に内接長方形が存在するか?」という問題への位相の応用について説明しているビデオです.有志による日本語版があるので,紹介しますね.

www.youtube.com

解析学において

解析学において,位相空間論は証明や定義を抽象的にきれいにまとめるための道具として使われることが多いです.

たとえば複素関数論においては,連結性や開集合,コンパクト集合といった位相空間論由来の概念をしょっちゅう使うことになります.これにより証明がパズルのようにサクサクできるようになるので議論が楽になります.

位相空間論に限らず,適切な抽象理論はものごとの見通しを劇的に良くすることがしばしばあります.


代数学において

代数学では,無限群に位相をいれるとか,無限次元ベクトル空間に位相をいれるとか,無限がからむ対象に位相をいれるという使い方をよくします.

ちょっと意外な感じがするかもしれませんが,考えてみれば自然なことです.たとえば無限次元のベクトル空間であった場合,位相が入っていなければそもそも無限個の元の和をどう定義したらいいのかもわかりませんからね.


集合論についての補足

ところで.大学の授業では位相空間論は「集合と位相」というタイトルの授業で扱われていることが多いようですので,「集合論はどこへ行ってしまったのか?」と思われた方もいるかもしれません.そこで,少し補足しておきます.


位相空間論に限らず,集合論の高度な内容が必要になる場面はあまりありません.

解析学ではよく濃度の理論を使います.実数が非加算無限であることは,Lebesgue積分などで重要になります.また対角線論法は非常に重要で,応用として超越数の存在証明などが挙げられます.

また,代数学において選択公理を使うことがありますから,選択公理とその同値な表現を知っておくことも必要でしょう.

しかし,それを超える高度な内容,たとえば順序数の理論や集合の公理,強制法といった話はほとんど他の分野で参照されません.「だから集合論は必要ない」と主張するつもりはありませんが,高々選択公理と濃度の理論のために「集合論」という科目を立てることに躊躇いがあったのは確かです.


せめて順序数の理論が含まれていれば,集合論を独立した科目として扱うことに異論はなかったのですが.

脱線になりますが,順序数の理論はいかに無限の対象についての人間の直観が役立たずであるかについて示唆を与えてくれる楽しい理論です.たとえば列車が可算無限人の乗客を乗せながら非可算無限個の駅をめぐるクイズを見ていただければ,私の言いたいことがお分かりになると思います.

文献

内田『集合と位相』

裳華房より.位相空間論の定番教科書です.この本の内容が頭に入っていれば,位相で困ることはあまりありません. 位相のありがたみがわかりにくいので,途中でやる気を失う人が続出するのですが,その場合はこの本を放棄して好きな分野に進むというのが正解です. どの分野に進んだとしても後からおそらく必要になりますから,そのときにまた戻ってきて勉強すればよいのです.

お勧めは複素解析を勉強することです.複素解析では連結性やコンパクト性をよく使いますから,位相空間の概念に慣れることができるでしょう.


Munkres『Topology』

集合の話から始まり,コンパクト曲面の分類にまで進む教科書です.500p弱あって大ボリューム.後半の内容は代数的トポロジーに足を突っ込んでおり,被覆空間や基本群の話ががっつり書かれています.したがってここで紹介するには正直詳しすぎます.複素解析の話さえ含まれます.

General Topology というより代数的トポロジーの本なのですが,前半部分だけ読むことを想定して紹介してみました.私自身はほぼ読んでいません.


Waldmann『Topology』

150p程度のコンパクトな教科書です.net の話が載っていたりして,内田『集合と位相』より少し詳しいかもしれません.Springerの本なのでPDFでDLでき,手元に参照用として置いておくのに適しています.

私はほぼ読んでいません.


次に学べる分野

graph TB; A(位相空間論) --> B(複素解析) ; A --> C(多様体論); A --> D(代数トポロジー);


複素解析は,位相空間論の後に学ぶのにお勧めの分野です.連結性やコンパクト性といった概念がさっそく活用され,学んだばかりの理論に馴染むことができるでしょう.


多様体論を学ぶということは,幾何学の一般的な理論をさらに学ぶことを意味しています.多様体とは局所的にユークリッド空間と同じだとみなせるような空間のことですが,微分が登場してその取扱いに線形代数を使います.ですから,線形代数をしっかりと理解できている必要があります.


代数トポロジーは,英語では単に topology と呼ばれることもある分野で,位相空間論で準備した概念をフルに活用して図形を取り扱います.図形にとどまらない汎用性を持つ理論で,ここで学ぶホモロジーの理論などは後から代数学でも参照されます.