パンの木を植えて

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線形代数 - Linear Algebra -

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]
\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\R}{\mathbb{R}} \newcommand{\C}{\mathbb{C}} \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %%% 引数を取るもの %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

前提知識

主張とその証明を理解するのに予備知識は必要がありません.

ただし動機を理解するためには他の分野の知識が必要です.

graph TB S(START) --> A(線形代数)


概要

線形空間とその間の「構造を保つ」写像である線形写像についての理論です.

数学において,「線形な構造があるケース」というのは最も簡単なケースとして重要であることが多いものです.非線形な場合に同様な手法を適用することはできないので最終的な解決にはならないのですが,しかしかなりの洞察を得ることができます.

たとえば,微分方程式論・力学系への応用がわかりやすいです.線形な微分方程式の場合,重ね合わせの原理といって全体が部分に分割できるため,特殊解を次元の数だけ求めれば一般解が求まります.これは線形代数の「わかりやすさ」を象徴する例です.非線形な微分方程式は,解析的に解けないことがほとんどですね.

重ね合わせの原理がいかに有用であるかを漸化式を例として説明していきます.フィボナッチ数列

\begin{align} F_0 &= F_1 = 1 \\ F_{n+2} &= F_{n+1} + F_n \end{align}

を考えましょう.このとき漸化式を満たす数列$F : \mathbb{N} \to \C$ の全体は $\C$ 上のベクトル空間です.これを $V$ と書きましょう. 2つの初期値を定めれば $V$ の元が一意に求まることから,$\dim V \leq 2$ です.一方で多項式 $x^ 2 - x - 1 $ の2つの根を $\alpha, \beta$ とすると数列

\begin{align} a_n &= \alpha^n \\ b_n &= \beta^n \end{align}

は $V$ の元で,かつ線形独立です.したがって $a_n,b_n$ は $V$ の基底をなしており,$V$ のすべての元はこれらの線形結合でかけます.あとは初期値の条件 $F_0 = F_1 = 1$ を代入して係数を求めればおしまい.


フィボナッチ数列の一般項を求める方法は

  • 母関数を使って形式的ベキ級数環への単射準同型を構成し,解析的考察をする方法

  • 行列の対角化を用いて行列のベキを計算する方法

などが知られていますが,この方法がもっとも明解で証明も短くて済みます.


また,力学系の解析においても線形代数が力を発揮します.

\begin{align} \dot{x} &= a x + by \\ \dot{y} &= c x + dy \end{align}

という微分方程式で定義される力学系を考えたとします.この方程式の解の軌道がどうなるのかを調べようとすると,係数行列

\begin{align} A = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} \end{align}

の固有値・固有空間が効いてきます.


線形代数のモチベーションは,歴史的には連立方程式の解法の研究にあったのですが,現在では応用範囲が際限なく広がっており,これ以外にも応用例は枚挙にいとまがありません.

代数学においては,行列の環は非可換な環(群)の典型例として重要ですね.


文献

書籍
齋藤『線形代数学』

「斎藤微積」と同じく東京図書から.ややチャラいのは相変わらずですが斎藤微積ほど内容が端折られているということもありません.ジョルダン標準形の存在証明もちゃんと書いてあります.薄くコンパクトなのにわかりやすいのが大きな長所ですね.勧められる教科書です.

線形代数はあまり最初からしっかり勉強しない方がよいと思います.なぜかというと,あまりに詳しい本は数値計算など特定のモチベーションを前提としていて,多くのひとにとっては不要なことが書かれていることがあるからです.


Johnston『Introduction to Linear and Matrix Algebra』

入門書です.かなり見た目がおしゃれな本でして,黒一色ではなくカラフルになっているのが大きな特徴です.数学書らしからぬ丁寧さですね.

おまけに(部分的に)演習問題の答えまで載っています.ちょっと親切にも程があるんじゃないのか.

入門書なので対角化のあたりでおしまいです.より進んだ話題は,下記に紹介する続編で解説されます.

500ページくらいあるので,線形代数の勉強にどれくらい時間を割けるか,関係各所と相談しながら読む必要があるでしょう.


Johnston『Advanced Linear and Matrix Algebra』

上記の本の続編.2冊合わせてページ数が1000程度になってしまいますが,これが多すぎるかどうかは議論の余地があります.なにしろ線形代数は重要で,しかも初学者がつまづきやすい分野だからです.この本が特別詳しいわけではなく,そもそも線形代数という分野は学ぶことが多いのです.

とりあえず最初に線形代数を勉強する際は,Jordan標準形の存在くらいまで知っていれば十分ですので,適宜端折って先を急ぐのがいいでしょう.後で必要になったときにどの本を参照すれば良いのか判れば十分です.


講義ノート
嶺幸太郎『線形代数学』

ネットで無料で読むことができる(日本語の!!)講義ノートです.私は通読したことがありません.計量ベクトル空間の話で終わっていて,次に控えるフーリエ解析への接続を意識されているようです.


次に学べる分野

graph TB; A(線形代数) --> B(群論); A --> C(多変数の微積) A --> D(微分方程式論/力学系);


微積は基本的に線形代数がなくても理解できるのですが,多変数になると線形代数の言葉をいくつか使います.変数変換では行列式が出てきますし,ヤコビアンはまさに行列そのものです.


微分方程式論を学べば,線形代数が具体的にどんな問題を解いてくれるかがわかるでしょう.重ね合わせの原理により,線形な常微分方程式の解を求めるには,特殊解を次元の数だけ求めればよいことが言えます.


群論を学べば,代数学という分野に足を踏み入れたことになります.線形代数で扱う行列は群の例になっており,抽象的な理論の足がかりになります.


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