おはようございます.
今回も『Ideals, Varieties, and Algorithms』を読んでいきます.
なんと今回で最終回です.最初からやってるわけではなくて,9章から始めたので「長かったな……」という感傷はありませんが,しかし達成感がチョットありますね.
9.7 The Tangent Cone
Tangent Cone というのは接錘のことです.前回の記事で接空間を定義しましたが,それの類似概念です.
非特異な点では接空間でよいのですが,特異な点の周りの多様体のふるまいを近似しようとすると接錘が必要になります.というのは,特異点では接空間の次元が多様体のその点の周りでの次元より大きくなってしまうからです.
接錘の定義
今回のテーマは,特異点の周りで多様体の局所的なかたちを近似するにはどうしたらいいか?です.
具体例を見ないと絶対にわからないので,具体例を見ていきましょう.
$f(x,y) = x^ 2(x+1) - y^ 2$ として,曲面 $V(f)$ を考えます.この曲線の特異点は,原点 $(0,0)$ のみです.
ちょっと図を見ていただきましょう.
原点の周りでは接線が一意に決まらなくなっていることが見てとれます.直線 $y -x = 0$ も $y + x = 0$ もどちらも接線になっていますね.
あえてこの点の周りで近似するとしたら,何でしょうか.必ずしも1次近似できないのはわかっているので,2次以上の多様体から探すことになります.
2本の接線をまとめてしまって,$x^ 2 - y^ 2 = 0$ としてしまったらどうでしょうか?直感的には良さそうな感じもします.大事なこととして,これは斉次多項式によって定義される多様体なので,錘になっています.(つまり定数倍によって不変)
もう一つ例を考えます.$f(x,y) = y^ 2 - x^ 3$ を考えてみましょう.これも特異点は原点のみです.
ここで原点の周りで多様体を近似するとしたら何でしょうか.$x$ 軸でしょうか.$x$ 軸は,多様体 $V(y) = V(y^ 2)$ と一致します.
ここまではいいですね.
この2つの例の共通点として,ちょっと意外な感じがするかもしれませんが,どちらも「次数が最小の斉次成分」を抜き出しています.$x^ 2(x+1) - y^ 2 = x^ 3 + x^ 2 - y^ 2$ からは $x^ 2 - y^ 2$ が抜き出され,$y^ 2 - x^ 3$ からは $y^ 2$ が抜き出されています.
実は,これが接錘の定義です.
(2) $f_{p,\min}$ を $f_{p.j}$ がゼロでないような最小の添え字 $j$ を持つ $f_{p.j}$ のことだとする.
(3) 多様体 $V$ の点 $p$ における接錘 $C_p(V)$ とは,多様体
接空間を定義するときには,$f_{p,1}$ を持ってきていたので,接空間の自然な拡張であることがわかります.
注意点として,接錘は点 $p$ を原点に移動させるような平行移動を施せば錘になります.これは斉次成分を取ってきているからですね.
接錘の計算
接空間に対してしたように,接錘の計算方法を調べましょう.
超曲面 $V$ の場合には簡単です.$I(V) = (f)$ というように消去イデアルが単項イデアルになっていて,$C_p(V) = V( f_{p,\min} )$ になります.非常に簡単ですね.
しかし一般の多様体の場合にはそうはいきません.$I(V) = (f_1, \cdots, f_s)$ だったとしても,$C_p(V) = V( (f_1)_{p,\min} , \cdots , (f_s)_{p,\min} )$ には必ずしもなりません.
具体例として $V = V(xy, xz + z(y^ 2 - z^ 2))$ を考えてみます.$V$ の消去イデアルは $I(V) = (xy, xz + z(y^ 2 - z^ 2))$ です.原点 $p= (0,0,0)$ が特異点です.
もしも
が成り立っているのであれば $C_p(V) = V(xy,xz)$ となっているはずですが,実際にはそうではありません.$f = yz(y^ 2- z^ 2) \in I(V)$ は定義から $C_p(V) $ 全体で消えているはずですが,$V(xy,xz)$ の全体で消えてはいないからです.
なるほど.
しかしながら,グレブナ基底を考えることによってこの面倒さは解決します.定理の詳細を述べるのは面倒なので書きませんが,$I(V)^ h$ の斉次グレブナ基底 $G_1, \cdots, G_s$ を取ってきて,その非斉次化 $g_1, \cdots , g_s$ を求めます.そうすると $g_i$ たちの最小次数斉次部分が $C_0(V)$ の定義イデアルを生成します.
接錘まとめ
当然成り立って欲しいこととして,接錘 $C_p(V)$ の次元と $\dim_p (V)$ が一致するということがありましたが,これはきちんと成り立っていることがわかります.
この定理の証明は,やはり本書の範囲を超えているようです.松村英之 『Commutative Ring Theory』(1989) が引用されています.可換代数の本が引用されているということは,代数的な道具が必要だということでしょうか?
本書では,$V$ が超曲面である場合に限って証明されています.
この結果がなぜ嬉しいのかというと,どうも $\dim_p V$ が計算できることがうれしいようです.多様体の既約分解を行い,その次元を求めるという作業よりも,接錘を求める方が往々にして簡単だということなんでしょう.ちょっとそのあたりの感覚は私には腑に落ちていないのですが….
最後に,接錘と接空間の関係について少しだけ.
どんな点 $p$ についても $C_p(V) \subseteq T_p(V)$ が成り立っていることがわかります.さらに,次が成立しています.
(1) $p$ が $V$ の非特異点.
(2) $\dim C_p(V) = \dim T_p(V)$.
(3) $C_p(V) = T_p(V)$.
証明について短くコメントします.接錘の次元が $\dim_p V$ と一致しているので,(1) $\iff$ (2) がわかります.(3) $\Rightarrow$ (2) は当たり前なので,残るのは (2) $\Rightarrow$ (3) だけです.
$C_p(V)$ が線形空間であれば当たり前なんですけど,そうとは限りません.$T_p(V)$ が既約な多様体であることを示せばよいです.ここで $k$ が代数閉体であることを使います.既約な多様体に対しては,次元が同じ真部分多様体は存在しないので,$C_p(V) = T_p(V)$ が従います.
感想とまとめ
これで9章が終わりました.
原著にはまだ10章が残っているんですけど,ちょっと本筋からずれる感じがするので省略しようと思います.
次は何をしようかな.
この本で代数幾何はだいたい分かるかと期待していたんですが,そんなことはなかったですね.代数幾何の理論の「発想の経緯」はなんとなく分かりましたが,意外と「動機となる問題」がまだわからないままです.やっぱり数論幾何をやるしかないかな.
この本の次は(長いこと積んでいた) Shafarevich の『Basic Algebraic Geometry』を読んでいく予定です.