パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

数学科卒の転職・就職体験談

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

last updated: 2024-02-23

最近転職が決まりました.

数学科卒の人の転職についてはまだまだ情報が少なく,私の体験談も誰かの参考になるかもしれないので,ここに記録しておきます.

院卒業から就職するまで

私は修士のときいろいろとめちゃくちゃになっていて,*1 その煽りで就職活動もめちゃくちゃだったので就職先が見つかるかどうか不安でした.*2しかしたまたま出席した説明会で,そこの社長 H さんに気に入っていただけて内定をいただき *3 ,なんだかんだで就職することになりました.Web の会社です.

皆さんは絶対に真似しないでください.きちんと修論を早めに書き上げて,たっぷりと時間を使って就職先を探すことをお勧めします.修論を書き上げる自信がなければ,修士に進学せずに学部卒で就職しましょう.また,業界は保険・金融・IT のどれかにすることをお勧めします.よく言われる「中高の教員」はお勧めしません.

保険・金融について

保険,金融をお勧めするのは数学を使う専門職があるからです.原則として,私は「数学科卒の人は何らかの形で数学を使う仕事に就いた方が良い」と思っています.これには以下のような理由があります:

  • 数学を使う職場には数学科卒の人が多くいるので馴染みやすいコミュニティである可能性が高くなります.
  • 基本的に人間は自分より数学ができる人を好まない *4 ため,数学を使わない職場では居場所を見つけるのが難しいかもしれません.
  • 機械学習の流行により,数学科卒の労働者の需要が高まっているので,研究職にこだわらなければ「数学を使う職」は募集があるはずです.

IT について

IT をお勧めするのは,ソフトウェア開発と数学の文化的な親和性が高いからです.ソフトウェアエンジニアは一般に思われているほど専門性が高い職ではないため待遇はあまりよくない可能性もあって,それは注意が必要です.私は,ソフトウェアを作る仕事がやりたかったのでこの業界を選びました.

機械学習エンジニアや,データサイエンティスト,あるいは暗号関連の仕事などがあると思います.

中高の教員

中高の教員はやめた方が良いというのは,複数理由があります:

  • まず資格が必要な専門職であるわりに給与が高くありません.調べたところ,20代の公立高校の教員の平均年収は 420 万円以下と見積もられているようで,これは専門職として高いとはいえません.
  • また高校の数学の教員であっても,大学レベル以上の数学の経験や知識を使う場面はないと思います.少なくとも私が生徒として見ている限りはそうでした.
  • さらに,毎年同じことを繰り返すのが仕事であるため,新しいことを仕事を通じてどんどん学んでいきたいひとには向かないだろうと思います.しかし数学科卒の人にはまさにそのタイプが多いのではないでしょうか
  • 教員の資格を取るのにそれなりに根性と時間が必要であり,ただでさえ忙しい学生のスケジュールを圧迫します.研究と就職活動に加えて,さらに教員免許のための勉強もするのはスケジュール的に大変です.

就職してから転職を決意するまで

転職理由はいろいろあるのですが,以下のような感じです:

  • 内定をもらった時から,「数学を使わない職だからなるべく早く転職しよう」と思っていました.
  • 最初は勉強になることも多かったのですが,それは始めのうちだけ.とにかく挑戦的な技術課題がなく,いまどうにか動いてる老いぼれシステムを適当に保守していれば給料がもらえてしまいます.1年くらいで仕事が退屈だと感じるようになりました.
  • 創業者の H 社長が退職してしまい,代わって来た社長の K さんがとんでもないドケチで,直属の上司からの評価が上がっているのにも関わらずボーナスをカットされたり,福利厚生を減らされたり,理不尽なことがたくさんあって働くのがばかばかしくなりました.
  • ほとんどの人が現状維持に汲々としており,勉強や改善の提案が全く歓迎されないということに不満がありました.
  • 離職率が高かったです.私が入社してから2年足らずの間だけで,私も含めて知り合いが 8 名辞めていきました.こういう職場では,辞めるのが後に遅れるほど不利なので,早く転職しようと思っていました.

転職活動

2023年の3月ごろに転職活動を始めました.数学を使う職に転職したかったので,機械学習エンジニアで求人に応募しておりました.媒体としては転職エージェントと Paiza と Findy を使用しました.

  • 転職エージェントは,あまり良い求人を持ってきてくれませんでした.面接の練習に付き合ってもらう分には便利でしたが….

  • Paiza は,選考に直結しないカジュアル面談というものが存在せず,いきなり選考になるので準備に気を付ける必要があります.また,オファーの質にちょっと問題があって,全然志望していない職の求人ばかり流れてきて困りました.

  • Findy はこの3つの中で最もましでしたが,想定年収を高めに出して求職者を煽っている疑惑があったり,分布を隠して偏差値だけ出したり,やはりうさんくさいサイトだと思います.しかし,Paiza と違って独自のテストがなく,OSS活動に精を出していると勝手にスキル評価を上げてくれるので,そこはすごく使いやすかったです.

内定をもらった経緯

機械学習エンジニアは未経験で就職するのが難しいそうで,例にもれず私も難航しました.嫌なことがたくさんあり8月ごろについにやる気が続かなくなってしまい,しばらく休止することにしました.

休止中は証明支援系 Lean の勉強をするのが楽しくなって,日本語コミュニティを立ち上げたり,ドキュメントを勉強する会に参加したりしていました.そんな中 Findy から転職活動は休止中とマークしているにも関わらずオファーが来ました.見ると数学科卒のひとをたくさん雇っている会社だったので,説明会に出て自己アピールそっちのけで Lean の宣伝をしていたところ,運よく社長に気に入っていただけて内定をいただき,就職することになりました.

結果から言えば,Lean の勉強をしていたのが良かったといえます.Lean の勉強をしている間は,「こんな言語勉強してもどうせ就職の役には立たないけど,楽しいからいいよね」と諦めていましたが,実際のところ説明会で話したらおもしろがってもらえましたし,Lean 関連でコントリビューションをしていた結果 Findy のスキル偏差値が高くなってアピール材料になりましたし,意図せず転職の役に立ちました.

Lean についてのコメント

今回,Lean が曲がりなりにも転職の役に立ったことを,私はすごく嬉しく思っています.

なぜかというと,私が Lean を全国の数学科に広めたいと思っている理由の一つに,数学科卒の就職事情の改善があるからです.数学科の学生は勉強熱心で賢いわりに,就職で苦労しがちではないかと思います.これの原因は主に以下の2つであると私は思っています:

  • 企業の人事の方が数学に対して誤解をしていること
  • 数学科の学生の興味が数学という学問の内部にとどまっていること

この両者に対して,Lean は改善できる可能性があると思っています.Lean が広まればそれは数学科の外でも話題になり,数学の実際を多くの人に知ってもらうきっかけになる可能性があります.また,Lean をきっかけに数学科の人がプログラミングや,それを使ってできることに関心を持ってくれる可能性があります.「既に競技プログラミングがあるではないか」と思うかもしれませんが,あれは証明をしないので数学とは全く別物であり,数学科の学生が競技プログラミングに熱中するのは本来望ましいことではありません.一方で Lean は「数学そのもの」であり,数学科でどんなに流行ってもまったく違和感のないものです.

今回のことは私にとって自信になりましたし,Lean を数学科に広めていきたいという気持ちを新たにしました.目標は,「Lean を TeX に続いて数学科卒の全員が知っているプログラミング言語とする」ことです.よろしくお願いします.

*1:ちょうど新型コロナがはやり始めた年でした

*2:めちゃくちゃになってしまった原因ですが,私は一つのことしかできないのに焦って複数のことをあれもこれもとやろうとしたのが良くなかったのだろうと思います.

*3:一般的には,「短い面接で内定が出る」のはブラック企業の特徴と言われているので注意してください.これは,ブラック企業は人材ではなく駒を求めているからです.H さんの場合は,本気で私のことを気に入ってくださったようだったのでよかったです.

*4:数学の能力は賢さと直結すると信じられているので,劣等感を刺激されるようです.