「数学なんてなんの役に立つんですか?」という質問が中学の授業で出たことがあります.
そのとき先生はこう言いました.
「日常生活において役に立つことはない.俺も使ったことない」
「だけどな,数学を学ぶことによって培われる論理的に考える力は重要なんだ」
「だからバカにせずにちゃんと数学も勉強した方がいいぞ」
「大丈夫,大学まで辛抱すれば数学は必修じゃなくなるから!」
その当時私はすでに数学に対して特別な感情を持つようになっていたので,こういう質問が堂々となされること,そして数学の先生がこういう歯切れの悪い答えしかできないことを目の当たりにして,寂しくなりました.
「数学が好き」という気持ちは,歓迎されないのだと思ったからです.
「数学なんてなんの役に立つんですか?」
成長して大学生になってからも,一歩大学の外に出るとこの質問が槍のように飛んできました.*1
反論できれば多少気持ちもスッとするでしょうが,そうもいかないんです.
というのも,もともと「数学者になるぞー」と思っていたから京大を目指したという経緯があるので,いくら数学を極めたところで「大学の教員」が関の山なわけです.
「大学の教員」では全然足りないのです…….
会社を経営して東証1部上場するか,有名女優と浮名を流すくらいでなければ.わかるでしょう?
たとえフィールズ賞を取ろうと,それで数学に興味のないひとが態度を変えてくれるわけではありません.「テレビに出なかったね」で終わりです.ましてや現実の私はフィールズ賞どころか院試に通るのもやっとなわけで.
黙って刺されるしかないんです.それが世間というものです.
つくづく大学はいいところだと思いました.
大学にいれば,「数学なんて何の役に立つんですか?」と訊かれずに済みます.
進学校に行くと勉強してもいじめられないのと同じです.
できればいつまでも大学にいたい……そう思っていました.
でも思っただけで終わりました.
気が付けば大学から放り出され,人様の生活を便利にするために忙しく働く生活をしていました.
同僚や先輩は私が数学科卒だからといって喧嘩を売ってきたりはしませんでしたが,でも群の定義さえ知りません.
iPadに入っている数学書を見せたら「全部英語やん……こんなん読んでるの?」とドン引きされました.
ある先輩からは「俺は頭がわるい.君は数学ができてかしこいから,きっと俺のことはバカにすると思う」と言われました.
数学ってなんの役に立つんでしたっけ?
私にはわかりません.知っていたはずなのに,忘れてしまった.
思い出すには,時間がかかるかもしれません.
*1:もちろん暗号理論の話なんかしても無駄です.私は応用数学のことは前提にしてこの文章を書いております