前提知識
上の図を素直にみるなら,群論さえ知っていれば代数幾何学に入門できることになります.
しかし代数幾何学という分野をちょっとでも知っている人なら,「群論を勉強しただけで代数幾何学なんてありえない!環論はどこに行ったのか?」という疑問を持たれると思います.
もちろん環論の存在を忘れているわけではなく,意図的に飛ばしています.
どうしてこういうことをするかというと,環論の動機が「代数幾何学」と「代数的整数論」の主に二つあるのですが,どちらも必要とする理論の分量が膨大だからです.したがって,「まず環論の一般論を勉強してから代数幾何または代数的整数論に進む」というやり方だと,延々と環論の勉強が続き,いつまでたっても具体的な問題の話が出てこないということになりかねません.
まだ理由があって,適切な本がなかったからというのもあります.英語で Commutative Algebra というと,基本的にスキーム論の予備知識としての環論を指し,この段階で紹介するには不適切でした.スキーム論に進むなら,環論の他に層理論とホモロジー代数,および古典的な代数幾何に親しんでいることが必要です.日本語の本ならあるのですが.「ないなー」と探しているうちに,「そもそもGalois理論の前に環論を学ばなければならないということはないのではないか?」と思い,思い切って環論という科目区分を飛ばすことにしました.
代数的整数論や代数幾何の本の中でも親切なものは,その中で必要になる環論の説明をしていますから,そこで学べば良いでしょう,という方針です.
このブログでスキーム論の紹介をすることがあれば,そのときにまた可換代数の紹介もします.
概要
代数多様体を調べる分野です.
代数多様体というのは,多項式系 $f_1(x_1, \cdots , x_m) , \cdots f_k(x_1, \cdots , x_m)$ の共通零点によって定義される図形のことです.(この説明はかなり単純化されています.ちゃんとした定義を知るには本を参照してください)
その過程で,多変数の多項式環 $k[x_1, \cdots , x_m]$ の性質が鍵になります.
……それだけなのですが,数学科で代数幾何というと何かもっと近寄りがたいものと思われているようです.多項式という対象は行列と同じくらい初等的だと思うのですが,現代の代数幾何は使う手法があまりにも洗練されすぎています.
環 $A$ にZariski位相を入れて,アフィンスキームを定義して,層のコホモロジーを考えて……などなど,高等な道具をたくさん使うオシャレな分野になってしまいました.代数幾何がとっつきにくいと思われるのは無理のないことです.
幸いなことに,スキーム論を導入しなければ解けない問題というのは,相当難しくて高度な問題に限られます.(というか,私はスキーム論なしに解けない具体的な問題を知りません.スキーム論がなくても結構高度なことができます)
そこで本稿では,スキーム論へと読者を案内することはいったん後回しにして,初等的に理解できる範囲をきっちり理解することを優先していきます.
そういう意味では,この記事のタイトルは 初等代数幾何学 (Elementary Algebraic Geometry) にすべきだったかもしれません.初等整数論があるのだから,初等代数幾何があっても良いでしょう?人口に膾炙しているとは言えない表現ですし,あまりオリジナルの分野名を使うとよくないので採用しませんでしたが.
あるいは,オリジナルの分野名を使わない提案として,代数幾何という言葉を「代数閉な体上での多様体の研究」にほぼ限定させ,より一般の体や体とは限らない環上での多様体の研究のことは数論幾何と呼んでしまうというのはどうでしょうか?そうすれば,スキーム論は数論幾何に含まれることになるので,古典的な代数多様体の理論とスキーム論を分離することができ,しかもスキーム論を学ぶ意義をはっきりさせることができます.
文献
Cox, Little, O'Shea『Ideals, Varieties, and Algorithms』
Springer から.とにかく読者に「どのようにしてこの発想にたどり着くのか」という発想の経緯を丁寧に説明してくれるので,読んでいて困惑させられることがありません.具体例も豊富でイメージ説明が充実しており,それぞれの主張の意味も分かりやすい.素晴らしい本です.
入門書でありまして,環の定義から始まって,UFDやPIDの話をして,Hilbert の零点定理やNoetherの正規化定理あたりまでの環論が紹介されます.したがって環論を全く知らないひとでも読むことができます.
特色として,計算の観点が強調されています.アルゴリズムとデータ構造についての知識があればなお良いですが,なくても十分楽しめるでしょう.
ただし,入門書であるためこの本を読んでも代数幾何の全体像を理解するには至らないでしょう.なにしろ Tangent Cone のあたりで終了してしまうので.当然のことながら「代数幾何によってどういう問題が解けるようになるのか」も解らないと思います.
また,論理的には完全な self-contained ではなく欠陥があります.9章あたりの証明は完全ではなく,一般の多様体ではなく超曲面に対してしか証明されていない命題が多数あります.あくまで入門書として優れているのであって,この本の後により詳しい本を読む必要があります.
Shafarevich『Basic Algebraic Geometry』
初版は1977年と大変な古株の本.ただしここで紹介している第3版の出版は2013年なので,ロングセラーであるといえます.
古い本にありがちなのですが,動機の説明やイメージの解説は丁寧である一方記述が少々雑で論理を追うのがつらく,通読をお勧めする本ではありません.分量も多いので,この本より Fulton『Algebraic Curves』 の方が通読に適しているのではないかと思います.しかもあちらは無料です.
しかしながら,本書もたまに参照するとなかなか良いことを言っていたりするので侮れません.ちなみに第2巻もあります.
Reid『Undergraduate Algebraic Geometry』
この本は確か著者がPDFを無償公開していたはず.初版は1985年なのでかなり古いです.古いだけあって,挿入されている図の解像度が低くて微笑ましい感じになってます.
しかし,コメント付きの参考書のリストがついていたり,歴史やより進んだ内容についての詳しいコメントがついていたりと,書き手の誠意を感じる教科書です.
Harris『Algebraic Geometry』
層理論やスキーム論が出てこない,初等的な代数幾何の本です.タイトルに Algebraic Geometry と書いてあっても初等的な本ということもありうるという例ですね.同じタイトルでも Hartshorne のものはスキームが出てくるやつです.
詳しめの本なので,現時点では通読しようとするとモチベーションが保てないかもしれません.