パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

ガロア理論 - Galois theory -

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]
\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\R}{\mathbb{R}} \newcommand{\C}{\mathbb{C}} \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %%% 引数を取るもの %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

前提知識

graph TB; S(START) --> A(線形代数) --> B(群論) --> C(Galois理論)

線形代数は必要です.体の拡大を考えるので,体上の加群つまり線形空間がたくさん登場します.


群論を知らなければそもそもGalois群が理解できないので,群論も必須です.といいますか,最初に群論を習うのは実はGalois理論への応用を見据えた伏線だったのです.少なくとも歴史的にはそうで,群という代数系の重要性が認識されたのはGaloisの理論がきっかけです.

概要

体というのは,四則演算ができる集合のことであり,Galois理論とは,体の拡大というわかりにくいものをガロア群というわかりやすいものに対応させることができるという理論です.

歴史的には,一般の5次方程式に代数的な解の公式がないことを証明する過程で考えられた理論です.それによって方程式論は「終わった」のですが,Galois理論そのものは体についての最も基本的な理論として生き残りました.

「方程式が代数的に解けないことの証明」という応用があまりに有名すぎて知られていない気がしますが,Galois理論の意義は方程式論にとどまりません.代数トポロジーにおいて類似の定理があるほか,たとえば代数的整数論において応用があり,Galois群の素イデアルへの作用を考えたりします. 体を扱う際の基本的な道具という感じです.


Galois理論による方程式が解けないことの証明がどんな感じで行われるのか,なぜ体論や群論が大切なのか軽く説明しておきましょう.

まず2次方程式の解の公式を軽く振り返ります.有理数係数の2次多項式 $f(x) = x^2 + 2ax + b$ が与えられたとします.このとき解の公式は

\begin{align} \alpha &= - a + \sqrt{ a^2 - b } \\ \beta &= -a - \sqrt{a^2 - b} \end{align}

が $f$ の根になっていることを教えてくれます.体論の言葉で言えば,有理数を平方根で拡大した体 $\Q( \sqrt{a^2 - b} )$ まで係数を拡げれば $f$ が因数分解できることを示しています.

さらに3次と4次の方程式にも解の公式があります.3次多項式は適当な変数変換で $g(x) = x^3 + 3p x + 2q $ という形にできて,このとき $g$ の実数根のひとつは

\begin{align} \alpha = \sqrt[3]{ -q + \sqrt{q^2 + p^3} } + \sqrt[3]{ -q - \sqrt{q^2 + p^3} } \end{align}

と表せます.体論の言葉で言えば,係数体 $\Q$ に平方根と立方根を付け加えて拡大した体

\begin{align} K = \Q( \omega , \sqrt[3]{ -q + \sqrt{q^2 + p^3} } ) \end{align}

を考えれば,$K$ 上で $g$ は1次式の積として因数分解できるということです.ただし $\omega$ は1の原始3乗根であるとします.

このように,解の公式が存在するということは,体論の言葉で言えば「係数の有理式のべき根を繰り返し添加して到達できる体の中で,多項式が1次式の積に因数分解できる」ということと対応しています.これで方程式論と体論の関わりがなんとなく伝わったかと思います.


次になぜ群論が大切なのかを軽く説明します.解と係数の関係により多項式の根は,係数の基本対称式で表されます.しかし表現したい対象である根そのものは対称式ではありません.つまり係数を使って根を表すためには,対称式の対称性を崩す必要があるわけです.四則演算では対称性が保たれてしまうため,対称性を崩すのに使えるのはべき根を取る操作だけです.

ここまでくると解の公式が存在するか?という問題は,べき根を取る操作だけで対称性を十分に崩すことができるか?という問題に置き換えられます.そしてそれは「多項式のGalois群が可解群でない限り不可能である」というのが答えになるのです.


文献

書籍
雪江『代数学2』

Galois理論の日本語の教科書の中では,かなりのシェアを誇ります. 初学者の最初の一冊として悪くないでしょう.後半に発展的な話が書かれていますが,初学者はGaloisの基本定理まで読んだら後は読み飛ばすくらいでも構いません.なぜかというと,「代数多様体を調べたい」とか「代数体を調べたい」というような一貫したストーリーなしで純粋に代数学として代数学を勉強してもおもしろくないからです.

なお同じ著者の「代数学3」はお勧めしません.理由は,浅く広く事実だけを書き連ねた本になってしまっているからです.


Cox 『Galois Theory』

Wileyから.応用の話や歴史的経緯の話が充実していて楽しそうな本です.反面そのせいで分厚い本になってしまっているため,初学者が読む場合はそういった枝葉の話を飛ばした方がよいです.そんな器用なことは初学者には難しいので,初学者向けとって宣伝するにはためらいがありますね.

日本評論社から邦訳が出ていますが,現在絶版.古本もプレミアがついて高騰しているので原著で読むか,邦訳を図書館で借りるしかないでしょう.


Weintraub『Galois Theory』

私は通して読んだことがありませんが,Stack Exchange 等で調べた限りでは結構読まれているようです.目次を見ても堅実な感じで,少々詳しすぎる気もしますがこれを読み通せればGalois理論で困ることはないでしょう.

ただ,冒頭の introductory examples が既にかなり読みづらく出鼻を挫いてくる上に,2章もいきなり定義の羅列で始まるなど不親切な感じが目立ち,そんなに勧める気にはなりません.多分やめた方がいいです.


講義ノート
Leinster『Galois Theory』

(ありがたいことに)無償で公開されている講義ノートです.カラフルで見やすい上に,群作用を説明するところで可愛らしいイラストが挿入されていたりと,いい意味で数学書らしくない感じが好きです.150ページ程度でコンパクトにまとまっているので初学者でも読みやすいと思われます.

私は通読していませんが,なにしろ著者はわかりやすいことで有名な『ベーシック圏論』の原著の著者ですから,際立ってわかりにくいということはないと思います.

内容面での特色として,Galois群を定義するのがとても早いです.学生が動機を見失わないようにするための工夫でしょう.