パンの木を植えて

主として数学の話をするブログ

微分方程式論・力学系 - Differential Equations and Dynamical Systems -

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

前提知識

力学系の理論はまじめにやろうとすると位相空間論や函数解析の知識を要しますが,この時点では軽く通り過ぎることを想定しているので最低限のものだけ書きます.

graph TB; S[START] --> A[線形代数];  S --> B[微積分]; A --> C[微分方程式/力学系]; B --> C;

実解析の知識はもちろん必要です.微分がどういうものかある程度わかっている必要がありますし,ある程度解析慣れしている必要もあります.


線形代数を知らないと重ね合わせの原理が理解できないので,線形代数も必要です.


概要

なぜ取り上げるのか

数理物理に属する分野であり,他の分野であまり参照されない分野です.にも関わらず本稿でこれを取り上げるのは,線形代数の応用例として適していると思ったからです.

線形代数にはおびただしい応用があるのですが,意外と応用例をブックガイドで紹介するのは難しいのです.まさか環論や体論やホモロジー代数を応用例として挙げるわけにはいかないですからね.より抽象的になってしまいます.


数値計算における応用が顕著なのですが,しかし数値計算は力学系よりも更に他の数学分野との関連が少ないので,袋小路になってしまいそうで嫌でした.


線形代数は機械学習理論への応用もあるのですが,機械学習はまじめに勉強しようとすると函数解析や確率論の知識を要し,初等的な範囲に収まりません.微分方程式論・力学系の理論にしてもまじめに勉強しようとすれば函数解析が必要なことには変わりないのですが,フラクタル集合とかカオスとかキャッチーな話題には事欠きませんし,幸い良い本もあるので白羽の矢が立ちました.


力学系と微分方程式論をまとめた理由について

微分方程式論と力学系は教科としては異なるのですが,「微分方程式論」とタイトルに銘打った教科書を読んでもおもしろさがわかりづらいため,この記事では混乱を承知で敢えてこういう括り方をしています.「微分方程式論」と書かれた教科書には

  • 線形微分方程式の解の求め方と,

  • 常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性という,

2つの有名な結果が載っているものなのですが,実はこの2つの他に興味深いことが何も載っていないことが多いです.ぶっちゃけこの2つは単なる基礎であり,別にこれ自体におもしろさがあるわけではありませんので,1回生の時点でおもしろさを理解したい場合は力学系と書いてある教科書を読んだ方がいいと思います.


分野紹介

微分方程式というのは,未知関数の導関数を含む方程式のことです.数学ではあまりお目にかかりませんが,物理や生物学ではよく出てくる対象です.

力学系は時間発展する系の挙動を調べる分野です.微分方程式は,力学系の主要な表現手段ですね.

フラクタルやカオスという言葉が一時期流行ったことがありますが,こういった概念は力学系から生まれています.


微分方程式は「方程式」という名前があるのでつい解きたくなりますが,線形でない限りほぼ解けないものです.解けなくても系の定性的な振る舞いを解析することはできて,それが力学系という分野の常套手段になっています.

より正確にいうと,微分方程式が解析的に解けたとしても,必ずしもそれが系の定性的な性質を調べるのに最善の方法とは限りません.

系の全体を位相的にみることが大事なのです.

文献

位相空間論さえ知らない前提で紹介しているため,きちんと勉強するのは難しいです.

ストロガッツ『非線形ダイナミクスとカオス』

丸善出版より.具体例と著者の非形式的なトーク満載の楽しい教科書.「良い教科書の見本」とまで絶賛されますが,それは伊達ではありません.予備知識としては常微分方程式の基礎のほかに,ベクトル解析とフーリエ解析を使いますが,知らなくてもノリと勢いでなんとかなると思います.

歴史的な経緯や物理的な直感の話まで漏らさず書いてあるのは好印象です.

形式的な証明などは省かれているため初学者向けです.残念ながら self-contained *1からは程遠いですね.

Trench『Elementary Differential Equations』

無償公開されている教科書です.微分方程式論の基本的なことが書かれている本で,図が豊富かつカラフルというなかなか豪華な本です.

ホラーゲームみたいな赤色の文字を多用するところには,ちょっとセンスの違いを感じないでもないですが.

内容は,まず常微分方程式の初期値問題の解の存在と一意性から始まって,線形な場合を扱い,そしてラプラス変換に進むというもので,よくある構成だと思います.


*1:他の本を参照しなくてもその本だけで理解できること