おはようございます.
今回は,Shafarevich 『Basic Algebraic Geometry 1』を読んでいきます.
代数幾何界隈ではあまり知名度のない本ですが,しかし昔はゼミでも結構読まれていた本のようです.
このブログでは,過去に序文をぜんぶ和訳したことがありますね.
まあ英語の勉強にはなった気がしていますけど,本格的に読んでるわけじゃないです.
今回は,最初の Basic Notions のところを読んでいきます.
証明の細部には基本的に立ち入りませんが,重要な定理と定義はなるべく追うようにしていきます.
1 Algebraic Curves in the plane
平面代数曲線についての章です.
1.1 Plane Curves
曲線の次数と既約性
まずは平面代数曲線の定義から.
ここで背景の平面 $k^ 2$ のことを アフィン平面 と呼びます.$\mathbb{A}^ 2$ と書いたりします.なんでアフィン平面という名前をわざわざつけるかというと,他の空間で解を考えることもあるからです.
ここで定義にある多項式 $f$ の次数を,平面曲線 $V(f)$ の次数といいます.次数が2の曲線は 円錐曲線 と呼ばれたりします.
(私のコメント) さらっと通り過ぎてしまいそうですが,この定義にはちょっと問題があります.
曲線 $V(f)$ を定義する多項式は,他にもあるかもしれません.$V(f) = V(g)$ であったときに,$f$ と $g$ の次数が同じである保証がなければ,さきほどの曲線の次数の定義は well-defined でないということになります.
実際に問題大ありなのですが,それについては後で触れられるみたいなのでここでは「問題があるよ」と注意するにとどめます.
ところで,$k$ が体なので 多項式環 $k[x,y]$ はUFDです.つまり多項式 $f$ は,既約成分の積に分解することができます.たとえば $$ f = f_1^{k_1} \cdots f_r^{k_r} $$ と分解されたとしましょう.このとき $V(f)$ は既約成分のゼロ点 $V(f_i)$ の和集合になっています.$f$ がはじめから既約であるとき,平面曲線 $V(f)$ は既約であるといいます.
代数閉体でないと困る理由: 次数が well-defined にならない
ここまではまあ「ふーん」という感じですが,ここから係数体 $k$ が代数閉体であってほしいという話が始まります.
さきほど注意した曲線の次数の話ですが,代数閉でない体__たとえば $\mathbb{R}$ などを選択した場合には__案の定 well-defined でなくなります.
たとえば原点 $(0,0)$ の一点集合は明らかにゼロ次元の図形ですが $V(x^ 2 + y^ 2)$ と書くことができるため,先ほどの定義に従うと2次元の曲線だということになってしまいます.さらに,$V(x^ 4 + y^ 4)$ と書くこともできるため,次元が一意に定まらなります.これはまずいですね.
既約性についても問題があります.$x^ 2 + y^ 2$ は既約な多項式ですが,しかし
$$ x^ 4 + y^ 4 = (x^ 2 + y^ 2 + \sqrt{2} xy) (x^ 2 + y^ 2 - \sqrt{2} xy) $$
なので $x^ 4 + y ^4 $ は既約ではありません.したがって既約性も well-defined になりません.
こういったことを注意した後,本書は「$k$ が代数閉体であれば,この種の問題は起こらない」と続くのですが,これはちょっとミスリーディングな表現だと思いました.だって係数体が代数閉であっても,$V(x) = V(x^ 2)$ ですよね.多項式が被約で,既約因子の指数がすべて1であるという仮定がいるはずです.
ちょっとこの本ザツかもしれないですね?
それはそうと,代数閉体であれば何故大丈夫なのでしょうか.
本書では,準備として次の補題が示されます.
$V(f)$ は1次元の図形なのですが,$V(g)$ との共通部分を考えると次元が1下がってゼロ次元図形,つまり有限集合になりますと主張している補題です.
次元の概念はまだ導入していないので,ちょっとわかりにくい.他の本ではこういう平面でしか通用しない命題をいちいち示したりはしないと思うので,Shafarevich さんの個性が現れている箇所かも.
$f$ の既約性が必要であることは,$f$ の中に $g$ が因子として含まれている状況を考えればわかります.
$k$ が代数閉であれば,曲線の次数や既約性が定義できるという話に戻ります.
代数閉体 $k$ は無限体なので,$V(f)$ は必ず無限集合になります.したがって既約成分ごとにその定義方程式は一意に決まります…みたいなことが書かれています.
……が,ぶっちゃけこれは読まなくてもいいかな.
あとでHilbertの零点定理をやれば済む話ですし,わざわざ個別に平面曲線の場合に限定して示すようなものでもないかと思われます.少なくとも Cox, Little, O'Shea を読破したひとには不要な説明ではないかと.
とにかく,大事なことは「係数体 $k$ が代数閉でなければ曲線の次数が定義できなくて都合が悪い」ということです.
既約性も定義できないと書いてありましたが,既約性は定義イデアルではなく多様体の性質として定義してしまえばいい(真に小さい多様体の和で表せない)のではないかと私は思ってしまいました.空集合を多様体と思わなければいけそう.(正しいかどうか自信はないです)まあでも既約な多様体と素イデアルが対応しなくなるからいずれにせよ嫌なんですけど.
代数閉体でないと困る理由: 交点数の振る舞いがきしょい
他の理由も紹介されています.
その一つが,Bezoutの定理ですね.
これは代数曲線同士の交点数が,その次数の積に等しい___特に,次数だけによって決まると主張している定理です.
たとえば $\mathbb{R}$ 上なんかだと,二つの楕円の交点数は位置関係(つまり,定義多項式の係数の大きさとか)に依存してしまいます.本来は次数だけに依るはずのものが,不適切な体の上で考えているせいで他の条件に依存してしまっていると解釈されるので,これは代数閉体上で考える動機になります.
係数体が代数閉というだけではだめで,射影空間まで持っていく必要があるのですが,著者はそこまで書いていませんね.これもちょっと,数学書としてはあんまり良くない書き方ですね.まあ代数閉体を考えたい理由の説明だからいいんですけど.
Bezoutの定理を 曲線 $y - f(x)=0$ と $y=0$ とに適用すると代数学の基本定理が得られるので,Bezoutの定理は代数学の基本定理の拡張になっているといえなくもないです.そう考えると,代数閉体で考えたいのは当然という感じがします.
代数閉でない体を考える状況
ここで,著者の Shafarevich は代数閉でない体を考える状況がないわけではないという注意をします.しかしながら,代数閉でない体の上で考えているときでも,その代数閉包まで話を持っていくことはしばしば有用であること……と.
確かにそういうのありますね.
著者は 極線(polar line) という具体例を挙げています.ちょっと見ていきましょう.
円 $C$ と,円の内部にない点 $P$ を考えます.点 $P$ から円 $C$ へ接線を引いて,得られる2つの接点を $Q,R$ とします.この2つの接点 $Q,R$ をつなぐ直線 $L$ のことを,点 $P$ の円 $C$ に関する極線と呼びます.
ここまではいいですよね.高校で習ったようなごく普通の話です.
それでは,点 $P$ が円 $C$ の内部にあるときはどうなるでしょうか?
一見して,内部の点からの接線なんて,考えようがないように見えます.
しかし,いままでの幾何学的な話を,そのまま代数の言葉で書き直してみると見えてくるものがあります.やってみましょう.
まず円は多項式 $(x-a)^ 2 + (y-b)^ 2 - r^ 2$ の実数根の集合です.適当に平行移動と拡大縮小を行って,単位円だとしておきましょう.つまり $x^ 2 + y^ 2 - 1$ の根の集合です.
以下では $X=(x_1, x_2)$ という記号を使いたいので,$f(x_1, x_2) = x_1^ 2 + x_2^ 2 - 1$ の根の集合だと書いておきましょう.
点 $P$ の座標を $P= (p_1, p_2)$ とおきます.
さらに接線についての情報が必要ですね.円 $C$ 上の点 $Y = (y_1,y_2)$ が与えられたとき,$y$ における接線 $T_y$ の式は
$$ \frac{\partial f}{\partial x_1 } (Y) (x_1 - y_1) + \frac{\partial f}{\partial x_2 } (Y) (x_2 - y_2) = 0 $$
で与えられます.接線 $T_y$ が点 $P$ を通るという条件を式で書くと,
$$ \frac{\partial f}{\partial x_1 } (Y) (p_1 - y_1) + \frac{\partial f}{\partial x_2 } (Y) (p_2 - y_2) = 0 $$
です.これに $f$ の具体的な表式を代入し $f(Y)=0$ を用いて整理すると
$$ p_1 y_1 + p_2 y_2 - 1 = 0 $$
という式を得ます.この式は,直線 $p_1 x_1 + p_2 x_2 - 1 = 0$ が点 $Y$ を通っていると主張している式ですが,この直線は点 $Q,R$ を通りますのでこれが極線 $L$ の式になっています.
極線 $L$ と円 $C$ の共通部分が点 $Q,R$ ですが,式を連立させると2次方程式が出てきます.その方程式は $P$ が円の内部にあるとき(つまり $p_1^ 2 + p_2^ 2 < 1$ のとき)には解が実数にならないので点 $Q,R$ は幾何学的には消えてしまうのですが,しかし極線 $L$ の式はさっきも示したように $p_1 x_1 + p_2 x_2 - 1 = 0$ で,実数係数なので幾何学的な実態を持ちます.
さらにいうと,円の内部に点 $P$ があるときには,直線 $L$ は「極線が点 $P$ を通るような点 $X$ の軌跡」になります.
座標が複素数になるような点同士をつなぐ直線であっても,その点が複素共役であれば実数係数になるわけですね.
全部実数係数の中だけで一応議論ができるので,この極線の例はいまいちなような気もします.おもしろいですけど.
「実数体のなかの話だけど,複素数という広い世界で考えた方がわかりやすい例」としては,「すべての多項式 $f \in \mathbb{R}[X]$ が2次式の積に分解できること」を挙げた方が良い例のような気がします.
いちど複素係数だと思って1次式の積に分解して,その後共役同士をまとめるという議論で証明するのがいちばん楽で見通しがいいですから.
あと,実数係数の行列でも固有値は複素数だったりするので,実数係数の行列であっても理解するには複素数体まで話を持っていくことが必要ですね.
あと,代数閉でない体を考える状況として著者は有限体と有理関数体 $\mathbb{C}(z)$ を挙げていますが,大したことは書かれていないので割愛します.
感想とまとめ
代数多様体について考える上では,代数閉体上で考えた方がすっきりするということを具体例を挙げて説明している節でした.
しかし,ちょっと記述に雑な面が目立ちますね.最初に Cox, Little O'Shea を読んでいなかったら混乱してたかもしれません.
Shafarevich が代数幾何界隈ではあんまり読まれていなくて,代わりに Fulton がよく読まれている理由の一端がちょっとわかりました.(Fulton の Algebraic Curves は著者が無料公開してるしオススメです!)
でも私は Shafarevich を読もうと思います.Fulton はまた後で…時間があれば.