パンの木を植えて

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類体論は何がしたかったのか

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

latest update: 2022.05.31

2022.05.31 タイトルを短くしました

2022.05.27 タイトルを変更.類体論というキーワードを追加

2022.02.27 公開

おはようございます.

類体論という整数論における理論がありますね.

類体論の主張の内容については,いろいろと解説がありますが.しかし類体論でどういう問題が解けるようになるかについてはあまり解説がないようです.

そこでこの記事ではそういう話をしようと思います.

David. Cox の『Primes of the Form $x^ 2 + n y^ 2$』のイントロにそういう話がありますので,これを読んでいきます.

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Introduction

本書の関心事

有名な,Fermatの2平方和定理というのがあります.

定理:
$p$ は奇素数だとする.このとき次は同値.
(1) $p= x^ 2 + y^ 2$ を満たす整数 $x,y \in \mathbb{Z}$ が存在する.
(2) $p$ を $4$ で割った余りが $1$

注意なのですが,この定理の主張のうち (1) $\Rightarrow$ (2) は簡単に示すことができます.あたりまえでないのは (2) $\Rightarrow$ (1) の方です.

素数 $p$ をある数で割った余りが何であるかによって,$x^ 2 + y^ 2 - p$ という多項式が定める図形(つまり円)上に整数点があるかどうかが判ると言っているわけです.

$x$ と $y$ を具体的に構成することも可能ですが,構成しなくても証明可能です.

おもしろいですね.


この定理のすごいところは,類似の定理が成り立つということです.

Fermat は次のことも主張しました.

定理:
$p$ は奇素数だとする.このとき次が成り立つ.
(1) $p= x^ 2 + 2 y^ 2$ を満たす整数 $x,y \in \mathbb{Z}$ が存在することと,$p \equiv 1,3 \mod 8$ が同値.
(2) $p= x^ 2 + 3 y^ 2$ を満たす整数 $x,y \in \mathbb{Z}$ が存在することと,「$p=3$ または $p \equiv 1 \mod 3$ 」が同値.

ここまで来ると法則性は明らかですね.

素数 $p$ が $x^ 2 + n y^ 2$ という形で表されることと,$p$ を何かの数で割った余りの値には密接な関連がありそうです.

どこまで一般化できるのかが俄然気になってきます.

すなわち,次の疑問が生じます.

疑問:
整数 $n$ が与えられたとする.このとき各素数 $p$ はいつ $$ p = x^ 2 + n y^ 2 $$ という形に表されるだろうか?

ところで,この疑問には次のように複数通りの解釈がありますね.

(1) 答えが YES であれば,その $x,y$ を示せば検証できるのは明らか.答えが NO で「$p$ は $ p = x^ 2 + n y^ 2$ という形には表せない」というときでも,虱潰しにすべての候補を調べるよりも大幅に効率的な検証法があるだろうか?

(2) $p$ が与えられたときに,$p = x^ 2 + n y^ 2$ を満たす $x,y $ を具体的に求めるか,あるいは「そのような形には表せない」と答える,虱潰し探索よりも高速な手続きはあるだろうか?

(1) は「良い特徴づけがあるか?」と問うており,(2) は具体的な手続きの存在まで問うています.

この場合どうも $n$ は正の数に限定されているようなので,(1) ではさすがに結論が弱すぎる気がします.本書で問題になっているのは (2) のようですね.


本書のあらまし

著者の Cox は

We will answer this question completely

と書いています.大胆ですね.そしてその過程で数論の深い理論を必要とするそうです.

具体的に書いていきましょう.

  1. まず最初は,平方剰余の法則と,整数係数2次形式の理論を用います.Fermat が考察した上記の $n=1,2,3$ の例は,これで解決します.

  2. 次に genus theory (種数の理論)と立方または biquadratic(4乗)の相互法則を適用します.これで更に多くの $n$ について解答を得ます.

  3. 更に class field theory (類体論)に進みます.これで解答が得られますが,具体的な $n$ について明示的な判定法を与えてくれるわけではありません.

  4. 最後のステップは,モジュラ―関数と虚数乗法の理論を適用することです.これでいつ $p =x^ 2 + n y^ 2$ と表せるのかについて判定するアルゴリズムが得られます.

眺めているだけでワクワクしてきますね.


本書の目標

本書には複数の目標があると書かれています.

  1. まずひとつめは,先ほど述べた疑問に解答を与えること.

  2. ふたつめは,初等整数論と類体論の間にある間隙(gap)を埋めること.

  3. みっつめは,類体論の well-motivated な入門書を提供すること.類体論が「何を主張しているのか」だけでなく,「どんな問題を解決するのか」まで知ってほしいということですね.

「何を主張しているのか」だけ説明してわかりやすく説明した気になっている本は多いですが,「どんな問題を解決するのか」まで明示しようというのはさすが Cox 先生という感じです.


本書のチョット詳しいあらまし

ここから,本書のあらましが再度,今度はもう少し詳しく説明されます.

第1章

ここでは先ほど紹介した,$n= 1,2,3$ のケースについての Euler の証明が説明されます.(Fermat が主張したけど証明したのは Euler です.Fermat ってやつはそういうやつなんだよ)

その過程で,Euler は平方剰余の相互法則に気が付いたようです.

さらにEulerは $n > 3$ についても幾つか予想をしました.

Eulerの予想:
$p$ は素数だとする.
このとき $p= x^ 2 + 5 y^ 2$ と表されることと,$p \equiv 1,9 \mod 20$ は同値.

これは,かなり Fermat が主張したことと類似していますね.

しかしちょっと違うものもあって,たとえば次などは少し毛色が違います.

Eulerの予想:
$p$ は素数だとする.このとき次は同値.
(1) $p= x^ 2 + 27 y^ 2$ と表される.
(2) $p \equiv 1 \mod 3$ かつ,$2$ は $p$ を法として立方剰余.

ここで,「$2$ は $p$ を法として立方剰余」というのは,多項式 $x^ 3 - 2$ が法 $p$ で整数根を持つと言っています.


第2章

ここでは正定値2次形式についての Lagrange の理論が紹介されます.

reduced form と class number が導入された後,genus theory が展開されます.

この段階で,さきほどのこの予想は証明されます.

命題:
$p$ は素数だとする.
このとき $p= x^ 2 + 5 y^ 2$ と表されることと,$p \equiv 1,9 \mod 20$ は同値.

genus 理論,大成功ですね.

しかし,もう一つの予想の方に genus 理論を適用しても上手くいきません.

次のような,惜しい命題が得られるだけです.

命題:
$p$ は素数だとする.このとき次は同値.
(1) $p= x^ 2 + 27 y^ 2$ と表されるか,または $p = 4 x^ 2 + 2 xy + 7 y^ 2$ と表される.
(2) $p \equiv 1 \mod 3$.

あちゃー.

なぜ上手くいかないのかというと,$x ^ 2 + 27 y^ 2$ と $4 x^ 2 + 2 xy + 7 y^ 2$ という2つの2次形式の genus が等しく,分離できないからです.

そらあかんわ.(知ったようなコメント)

Legendre は更に theory of composition も作ったと書かれていますが,それでも完全な解決はできなかったようですね.


第3章と4章

ここでいよいよ Gauss が登場します.

Gauss によって genus 理論と composition 理論の関係があきらかになりました.

Gaussは立方剰余の相互法則を使い,次を証明します.

命題:
$p$ は素数だとする.このとき次は同値.
(1) $p= x^ 2 + 27 y^ 2$ と表される.
(2) $p \equiv 1 \mod 3$ かつ,$2$ は $p$ を法として立方剰余.

さらに4乗の場合の相互法則を使えば,$n = 64$ の場合も解決できることがわかります.

高次の相互法則を用いることで,同じ genus を持つ2次形式同士を分離することができます.

この章では,高次の相互法則を述べるために整数環 $\mathbb{Z}[\omega]$ (3次の円分体)や $\mathbb{Z}[i]$ を理解することが必要とされます.


第5章と6章

この先に進むためにはいよいよ類体論が必要です.

5章は Hilbert 類体から始まります.これは与えられた代数体 $K$ の最大不分岐Abel拡大のことを指します.

この概念を用いて,次の定理を示すことができます.

定理:
$n$ は平方因子を持たない(squarefree)とし,$n \equiv 1,2 \mod 4$ とする.そして $K = \mathbb{Q}(\sqrt{-n})$ のHilbert 類体を $L = K(\alpha)$ とし,$\alpha$ の最小多項式を $f_n$ とする.
このとき次は同値.
(1) $p= x^ 2 + n y^ 2$ と表せる.
(2) $-n$ は法 $p$ で平方剰余で,かつ方程式 $f_n(x) \equiv 0 \mod p$ は整数解を持つ.

ワオ!これは良い定理ですね.

具体的な $n$ に適用してみましょう,たとえば $n=14$ だとします.このとき $K = \mathbb{Q}(\sqrt{-14})$ のHilbert類体は $\alpha = \sqrt{ 2 \sqrt{2} -1 }$ によって得られる $L = K(\alpha)$ なので,先ほどの定理により次がわかります.

命題:
$p$ を素数とする.次は同値.
(1) $p= x^ 2 + 14 y^ 2 $ と表される.
(2) $-14$ は法 $p$ で平方剰余で,かつ方程式 $(x^ 2 + 1 )^ 2 \equiv 8 \mod p$ は整数解を持つ.

うーん強い定理だ.実際,これが本書の主定理です.

さらにHilbert類体の概念を用いることで,genus 理論の主定理に別証明を与えることもできます.


第7章から9章

Hilbert類体の理論はすてきですが,ちょっと不満な点もあります.

もっとも明らかな不満は,$n = 27$ と $n = 14$ の場合は結論がよく似ているにも関わらず,$n=27$ は平方因子を持つので定理が適用できないという点です.

再掲:
$p$ は素数だとする.このとき次は同値.
(1) $p= x^ 2 + 27 y^ 2$ と表される.
(2) $p \equiv 1 \mod 3$ かつ,方程式 $x^ 3 \equiv 2 \mod p$ は整数解を持つ.
再掲:
$p$ を素数とする.次は同値.
(1) $p= x^ 2 + 14 y^ 2 $ と表される.
(2) $-14$ は法 $p$ で平方剰余で,かつ方程式 $(x^ 2 + 1 )^ 2 \equiv 8 \mod p$ は整数解を持つ.

結論の形式が同じなのだから,$n$ が平方因子を持っていても適用できる理論があってもおかしくない……という発想に自然と至ります.

証明のどこが難しいのかというと,環 $\mathbb{Z}[\sqrt{-n}]$ が一般には整閉ではなく,$K = \mathbb{Q}(\sqrt{-n})$ の整数環と一致しないことが問題なのでした.

7-9章の目標は,この障害を突破して先ほどの定理をすべての $n > 0$ に一般化することです.

まず 7章では環 $\mathbb{Z}[\sqrt{-n}]$ について考察し,虚2次体の order という概念に到達します.

8章では類体論の主定理を要約し,Chebotarev の密度定理を紹介します.

9章ではHilbert類体の概念を一般化し,ring 類体という概念を導入します.


第10章以降

ここまでの議論で,主定理を $n>0$ に一般化することに成功しました.

しかし,具体的に $f_n$ をどうやって求めるのかについては謎のままです.

$n=27$ と $n=14$ で用いた方法は一般化できないので,理論を構築しておく必要があります.

第10章では,楕円関数と虚数乗法の理論を導入します.

第11章では,モジュラ―関数について議論し, $j$-関数が類体を生成するのに有用であることをみます.

このあたりの議論については,読者は虚数乗法の理論を知っていることが仮定されます.(それ以外の部分は self-contained だそうです)