パンの木を植えて

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『Ideals, Varieties, and Algorithms』を読む - Chapter 9.5

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\A}{\mathbb{A}} %アフィン空間 \newcommand{\C}{\mathbb{C}} %複素数 \newcommand{\F}{\mathbb{F}} %有限体 \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %自然数 \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} %有理数 \newcommand{\R}{\mathbb{R}} %実数 \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} %整数 %%% 2項演算 %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \]

おはようございます.

今日は『Ideals, Varieties, and Algorithms』を読んでいきます.

手元に日本語版を用意したのですが,最近英語で数学書が読めるようになりたいと強く思うようになった*1ので,原著を読んでいくことにします.英語は苦手なのですが,まあ慣れはいずれにせよ必要でしょう.


前回は,ヒルベルト関数による定義を使って,次元の初等的な性質を示しました.

今日読んでいくのは,9章5節の Dimension and Algebraic Independence です.次元と代数的独立性.

\[ %%% 黒板太字 %%% \newcommand{\R}{\mathbb{R}} \newcommand{\C}{\mathbb{C}} \newcommand{\Q}{\mathbb{Q}} \newcommand{\Z}{\mathbb{Z}} \newcommand{\F}{\mathbb{F}} \newcommand{\N}{\mathbb{N}} %%% カリグラフィー %%% \newcommand{\calf}{\mathcal{F} } \newcommand{\calg}{\mathcal{G} } %%% 引数を取るもの %%% \newcommand{\f}[2]{ \frac{#1}{#2} } \newcommand{\im}{\operatorname{im} } \]

9章5節 Dimension and Algebraic Independence

§3において,我々は代数多様体の次元というものを,ヒルベルト多項式の次数で定義しました.しかし他にも次元を定義する方法があります.それぞれの特性を見ていきましょう.

Algebraic Independence

多項式環 $k[x_1, \cdots , x_n]$ を $R$ とおきます.

多様体 $V \subseteq k^ n$ を考え,その座標環 $k[V] \cong R / I$ を考えましょう.座標環は本来「$V$ 上で定義された多項式関数の全体がなす環」として導入されたものですが,ここでは代数的な見方をしたいので,環 $R/I$ と見做すことにします.

ヒルベルト関数による定義を思い出してみます.

$R$ の$s$ 次以下の多項式からなる部分集合を $R_{\leq s}$ とします.これはもはや環にはなりませんが,ベクトル空間ではあります.

同様に $I_{\leq s} := I \cap R_{\leq s}$ とします.これもベクトル空間になります.そうして,商ベクトル空間 $$ R_{\leq s} / I_{\leq s} $$ を考え,その $k$ ベクトル空間としての次元を考えます.ここから生成される $s$ の多項式の次数が,次元だと定義していました.


ところで,自然な単射線形写像 $$ R_{\leq s} / I_{\leq s} \to R/I $$ が存在します.つまり $R_{\leq s} / I_{\leq s}$ というのは $R/I$ の有限次の切片だと思えるわけです.
$s$ を大きくしていった極限では $R_{\leq s} / I_{\leq s}$ は $R/I$ に一致するのですから,$R/I$ を使って次元が定義できてもおかしくないということになります.

そのためには,$R/I$ という環の「大きさ」のようなものを定義する必要があります.それが 代数的独立性(algebraically independent) の概念です.

定義: 代数的独立
$\phi_1, \cdots , \phi_r \in k[V]$ が $k$ 上で代数的に独立であるとは,ゼロでない $r$ 変数多項式 $F$ であって,$k[V]$ 上で $$ F(\phi_1, \cdots , \phi_r) = 0 $$ を満たすようなものが存在することである.

具体例をあげましょう.

たとえば座標環 $k[V]$ が多項式環 $k[x_1, \cdots , x_n]$ 全体であるとします.この環 $k[x_1, \cdots , x_n]$ において $x_1, \dots , x_n$ は代数的に独立です.それは,$F(x_1, \dots , x_n) = 0$ ならば明らかに $F=0$ だからですね.あまりおもしろくない例ではありますが,これは典型的な例のひとつです.

環 $k[V]$ から,代数的に独立な元をどれだけ取れるでしょうか?これは,環の大きさを測っているとみなせます.実際に,これが次元と一致します.

定理: 次元と,代数的に独立な元の個数の極大値が一致
$V \subseteq k^ n$ をアフィン多様体とする.このとき $V$ の次元と,座標環 $k[V]$ において $k$ 上代数的に独立な元の個数の極大値は一致する.

極大値と書いていますが,定理の主張から最大値と極大値は一致しますのでどちらでもいいですね.

証明
2方向に分けて示します.
(1) まずは $d = \dim V$ の大きさを上から押さえましょう.少なくとも $d$ 個の代数的に独立な元が取れることを示せばOKです.
(2) 次に $d$ を下から押さえます.もしも $r$ 個の代数的に独立な元が与えられれば $r \leq \dim V = d$ であることを示せばよいです.
どちらかといえば(1)の方が本質的だと思います.
もう少し詳しく説明しましょう.
(1)……$V$ の消去イデアル $I = I(V)$ を考えます.既に本書で見てきた定理(定理9-3-8)から,$V$ の次元と,$V(\langle LT(I) \rangle)$ の次元は一致します.
$\langle LT(I) \rangle$ は単項式イデアルですから,$V(\langle LT(I) \rangle)$ は座標部分空間の有限個の和集合で表すことができます.$V(\langle LT(I) \rangle)$ の次元が $d$ なので,ちょうど $n-d$ 個の制約式を持つはずです.制約式に含まれない $d$ 個の座標関数 $x_{i_1}, \cdots , x_{i_d}$ が存在しますが,これが $k[V]$ において代数的に独立であることを示します.
(2)……$f_1, \cdots , f_r \in k[V]$ が代数的に独立であるとして $r \leq \dim V$ を導きます.$f_1, \cdots , f_r$ を使って,写像 $$ \alpha : k[y_1, \cdots , y_r]_{\leq s} \to R_{\leq Ns} / I_{\leq Ns} $$ を $\alpha(F) := F(f_1, \cdots , f_r)$ で定義します.ただし $N$ は $f_i$ の全次数の最大値です.$\alpha$ は明らかに線形写像ですが,$f_1, \cdots , f_r$ が代数的に独立であることにより,この写像 $\alpha$ は単射になります.
したがって,次元を考えると $$ \dim_k k[y_1, \cdots , y_r]_{\leq s} \leq \dim_k R_{\leq Ns} / I_{\leq Ns} $$ です.ここで左辺の線形空間の次元は $\binom{r+s}{r}$ で,特に $s$ の次数 $r$ の多項式です.ゆえに両辺の $s$ の多項式としての次数を考えれば $r \leq \dim V$ が従います.

この新たな次元の定義法により,次元が不変量であることがわかります.つまり,同型な多様体の次元は等しくなります.

また,次元と代数的に独立な元の個数の極大値とが一致することを示した先ほどの命題の証明の(1)では,座標関数が代数的独立であることを示していました.

そこで次の系が得られます.

系: 次元の特徴づけ
$V \subseteq k^ n$ はアフィン多様体だとする.このとき次は一致する. 1. $V$ の次元 1. $I(V) \cap k[x_{i_1}, \cdots , x_{i_r}] = \{ 0 \}$ を満たす $x_{i_1}, \cdots , x_{i_r}$ が存在するような,最大の $r$.

この系では $k$ は一般の体になっているが,代数閉だと仮定すれば $I(V)$ の部分を任意の定義イデアルに置き換えることができます.

また,我々は 消去理論(elimination theory) によって $I(V) \cap k[x_{i_1}, \cdots , x_{i_r}]$ を計算する手段を得ていますから,これによって(効率的かどうかはともかく)次元を計算するもうひとつの手段を得たことになります.

Projections and Noether Normalization

次元と射影と閉包定理

先ほどの系を射影の言葉で書き直してみます.

変数 $x_{i_1}, \cdots , x_{i_r}$ を選ぶごとに射影 $\pi : k^ n \to k^ r$ が得られます.このとき $$ \widetilde{I} = I(V) \cap k[x_{i_1}, \cdots , x_{i_r}] $$ は対応する 消去イデアル(elimination ideal)です.

$k$ が代数閉であれば,この状況でChapter3 §2 の 閉包定理(Closure Theorem) が適用できます.引用しておきましょう.

定理: 閉包定理
$k$ は代数閉体とする.多様体 $V= \mathbf{V}(f_1, \cdots , f_s) \subset k^ n$ と $l$ 次の消去イデアル $\langle f_1, \cdots , f_s \rangle$ が与えられたとする.このとき次が成り立つ.
(1) $\mathbf{V}(I_l)$ は射影 $\pi_l(V)$ を含む最小の多様体である.
(2) もし $V \neq \emptyset$ ならば,$\mathbf{V}(I_l) \setminus W \subseteq \pi_l(V)$ であるようなアフィン多様体 $W \subsetneq \mathbf{V}(I_l)$ が存在する.

この状況で閉包定理を適用すると何がわかるでしょうか.

定理の主張の中に $\widetilde{I} = 0$ というのがありましたが,あれは $\mathbf{V}(\widetilde{I}) = k^ r$ ということです.これは閉包定理によって,射影 $\pi(V)$ を含む最小の多様体が $k ^r$ 全体であるということに言い換えられます.つまり $\pi(V)$ が Zariski稠密(Zariski dense) だということです.

すなわち,「次元の特徴づけ」の系は,$V$の射影がZariski稠密になっているような,座標部分空間の次元の最大値が,$V$の次元に一致すると言っていることになります.


Noether の正規化定理

以上の話は,実は Chapter 5-6 の Noether の正規化定理 と関連しています.

言われても伝わらないかもしれないので,Noetherの正規化定理とは何かを少し説明します.まず,部分環が 有限(finite) であるという性質を定義します.*2

代数多様体 $V(I)$ について,

(1) $V(I)$ が有限集合であることと

(2) $k[x_1, \cdots , x_n] / I$ が $k$ ベクトル空間として有限次元であること

が同値であるという 有限性定理(Finiteness Theorem) があるのですが,この結果にヒントを得た概念です.

定義: 有限性
可換環 $R \subseteq S$ が与えられたとする.このとき $S$ が $R$ 上有限(finite)であるとは $S$ が $R$ 加群として有限生成であるということである.$R$ 加群の全射準同型 $R^ l \to S$ が存在すると表現してもよい.$S \to R$ が有限であるという言い方もする.

具体例を見ていきましょう.

$S = k[x,y]/(x^ 2 - y^ 2)$ とします.$(x^ 2 - y ^2) \cap k[y] = 0$ なので,$R = k[y]$ とすると $R \subseteq S$ だと見做すことができます.このとき $S$ の元は $1 , x$ によって生成されているので,$R$ 上有限です.

有限性から従う重要な帰結として,$S$ が $R$ 上有限ならば,整拡大 になっています.証明には線形代数を使います.

これでNoetherの正規化定理の主張が述べられるようになりました.

定理: Noetherの正規化定理
$k$ を無限体とし,$A$ を有限生成 $k$ 代数であるものとする.このとき次が成り立つ.
(1) 代数的に独立な元の組 $u_1, \cdots , u_m \in A$ であって,$k[u_1, \cdots , u_m] \to A$ が有限であるようなものがある.
(2) 仮に $A$ の $k$ 代数としての別の生成元 $s_1, \cdots , s_l$ が与えられれば,$m \leq l$ である.しかも $u_1, \cdots , u_m$ を $s_1, \cdots , s_l$ の線形結合で書くことができる.

これでNoetherの正規化定理の説明が終わりましたが,まだNoetherの正規化定理と次元の関連の話をしていません.


Noether の正規化定理と次元

$V \subseteq k^ n$ を多様体とします.そうすると座標環 $k[V]$ は有限生成 $k$ 代数なので, Noetherの正規化定理によって,代数的に独立な元の組 $u_1, \cdots , u_m$ であって,$k[u_1, \cdots , u_m] \to k[V]$ が有限であるようなものが取れます.かつ,そのような $u_1, \cdots , u_m$ は座標関数の同値類 $[x_1], \cdots , [x_n] \in k[V]$ の線形結合で書くことができます.

この $k$ 代数の射 $k[u_1, \cdots , u_m] \to k[V]$ は多様体の間の射 $\pi: V \to k^ m $ に対応しているわけですが,これについて次の定理が成り立ちます.

定理: Noether の正規化定理と次元
上記の状況で,$m = \dim V$ である.また射 $\pi : V \to k^ m$ は全射で,かつファイバーが有限.

(証明の概略) 2つ目の主張はNoetherの正規化定理の幾何学的解釈(Chapter5-6の定理8)から従います.

また $u_1, \cdots , u_m \in k[V]$ は代数的に独立なので,$m \leq \dim V$ が判ります.後は,$m \geq \dim V$ を示せばよいです.

$u_1, \cdots , u_m \in k[V]$ は座標関数の線形結合で書けるので,$u_i = x_i$ だと仮定しても良いです.

$k[x_1, \cdots , x_m] \to k[V]$ という単射がありますが,これは定義から有限.したがって Relative Finiteness 定理(Chapter 5-6 定理4)によって $n-m$ 個の座標関数が $\langle LT(I) \rangle$ の根基に属します.

しかしながら,ヒルベルト関数による次元の定義に戻ってみると,$\langle LT(I) \rangle$ に含まれない単項式のなす空間の大きさが $\dim V$ だったわけで,したがって $\dim V \leq m$ でなければなりません.

これで示すべきことが言えました.(証明終わり)

Irreducible Varieties and Transcendence Degrees

既約な多様体と,超越次数…という節です.

ここでは $V$ を既約な多様体だと仮定してみましょう.そうすると定義イデアル $I(V)$ は素イデアルで, 座標環 $k[V]$ は整域になります.

$k[V]$ が整域ということは,商体 $k(V)$ を考えることができます.$k(V)$ の元の代数的独立性は $k[V]$ におけるものと同様に定義することができます. このとき $V$ の次元との関係はどうなっているでしょうか?

驚くべきことではないでしょうが,次が成り立ちます.

定理: 商体の代数的独立な元の数と,多様体の次元
$V$ を既約なアフィン多様体とする.このとき
(1) $V$ の次元と,
(2) 有理関数体 $k(V)$ において代数的に独立な元の個数の最大値とは,
一致している.

この定理の系として,「双有理同値な既約アフィン多様体同士は次元が等しい」という結果が出てきます.これも,座標環のときと同様です.

一般に,体の 超越次数 という概念を次のように定義できます.

定義: 超越次数
$K$ は $k$ を含む体だとする.このとき $K$ の $k$ 上の超越次数とは,$k$ 上代数的に独立な $K$ の元の個数の最大値のことである.

多様体は既約な多様体の有限個の和なので,既約な多様体について次元を先に定義しておいて,「既約成分の次元の最大値を,その多様体の次元とする」というふうに定義することもできます.(実際に多くの本がそうしています)

*1:洋書だと電子書籍が充実しているのです

*2:finiteの日本語訳については記憶があいまいです