山椒魚の数学ブログ

あるメモ魔数学徒の足跡

心理療法渉猟記

これは、疲れきった限界大学生だったわたしが、心理療法に出会い、めでたく「心理療法にすこし詳しい限界大学院生」になるまでの記録であります。

【凡例】本を選ぶときのルール

この渉猟記を書くにあたって、私は次のようなルールを自分に課しました。

  1. セルフヘルプ本を優先する。当事者が自分で読むことを想定している本を優先し、治療者向けのマニュアルは避ける。心理療法によってはセルフヘルプが不可能な場合があるが、そういうものについては紹介を諦めることも許す。このルールの目的は、できるだけ理解しやすく実践的な本を選ぶことにある。

  2. 精神医学を専門としているいくつかの出版社からの本しか選ばない。具体的には星和書店・金剛出版・岩崎学術出版社の本だけを選ぶ。このルールの目的は、本の内容の信頼性を担保することである。これにより、実証されていない理論に基づく本や、一個人の経験だけに基づく本、単なる自己啓発本を簡単かつかなりの確度で除外することができる。

  3. 実証的に効果が確かめられた理論に基づいて書かれている本を選ぶ。認知行動療法とか、対人関係療法とかACTであるとか、そういった広く受け入れられている理論に従っているものをなるべく選ぶ。このルールは、信頼性を高めるためでもあるが、同時に検索性を高めるためでもある。興味を持った人がそのキーワードで検索すれば関連する情報が出てくるように。専門用語を知っているだけで、調べやすさは格段に違ってくるものである。

【警告】他人に適用しようとは決して思わないこと

お話を始める前に、ひとつとても大事な注意があります。それは「他人のために、本に書いてあった技法を使わない」ことです。ここで紹介する本はすべてセルフヘルプ本であり、心の問題に悩んでいるそのひと本人が、アドバイスや慰めを求めて読むことを想定して書かれたものです。たとえ皆さんの大事なひとが精神に変調をきたして苦しんでいたとしても、皆さん自身がセラピストでない限り、できることはあまりないと心得てください。悲しいことですが。

実のところ、セラピストでないひとが心の問題に悩む人に対してしてあげられる最良のことは、心理療法を解説することではなく、「その人を気遣っていることを示す」ことです。その人の訴えを聞き、気持ちを理解していることを示しましょう。

なお、うつの問題が深刻であるようなら、医療機関を受診するよう勧めるのは周囲の務めです。「深刻であるかどうか」のひとつの目安は、希死念慮があるかどうか、そしてどの程度ひどいかです。希死念慮とは、死んでしまいたいという願望のことです。希死念慮があるかどうかは直接訊いて確かめてください。もしあれば、程度を確かめておきましょう。「死にたい」よりも「自殺したい」の方が、「自殺したい」よりも「自殺する計画を立てている」の方が、深刻さは上です。*1

最後にもうひとつ。知人が精神を病んだからといって、必ずしも支援する必要はありません。病んだ人間を看護するのは特殊技能を要することです。助けてあげられなかったからといって、悪人であることにはなりません。支えてあげられなかったからといって、自分を責めてはいけません。疲れたなあと思ったら、距離をとってもいいのです。その権利が自分にはあると、ずぶとく構えてください。共倒れになっては元も子もないでしょう。

【警告】薬に頼らないぞ、とは思わないように

『いやな気分よ、さようなら』には、薬物療法単独で治療した患者群よりも認知療法だけで治療した患者群の方が大きな改善がみられ、かつ再発も少ないという実験の結果が載っています。これ自体は単なる観察事実ですが、ときに、こうした実験結果を拡大解釈して、「うつ病薬物療法は不必要であり、むしろ有害である」と主張する人が現れます。

SNSでもたまにそういう意見を見ますね。「10年薬を飲んだけど私は治らなかった。しかし畑作業をしたら3か月で治った。大事なのは土なんだ!!」とかね。通販サイトで本のタイトルを眺めていても「薬を使わずに治せる」と謳っているものがわんさかあります。すでにご存じだと思いますが。

彼らの薬不要論は事実なのかといいますと、そんなことはありません。たしかに薬物療法は原因にアプローチしない対症療法*2ですし、副作用もあります。残念ながら、抗生物質みたいに効果てきめんというわけにはいかないのが現状です。しかし精神疾患は、症状を放置しておくとそれが原因になってさらに病状が悪化することがありますから、対症療法といっても意味がないわけではありません。

それに、そもそも認知療法をはじめとした心理療法と、薬物療法は併用すれば効果が重複します!心理療法薬物療法はそもそも対立していないのです。薬物不要論を唱えるひとたちが、勝手に対立させているだけです。上記の例でいうと、畑作業しながら薬飲んだらもっと早く治ったかもしれません。でしょう?

なぜ薬物不要論が生じるのでしょうか?彼らの考えていることは私にはわかりませんが、もしかすると彼らは薬物療法に期待しすぎていたのかもしれないな、と思います。細菌感染症と同じように、うつ病も「医師に処方された薬を飲んで、安静にしていれば治る」と期待していたのではないでしょうか。それで治ることも実際ありますが、対症療法なので治らないことも結構あります。*3そうしたとき、「医師の言うとおりにしたのに治らなかった。騙された」と思ってしまうのではないか?ということです。

【1冊目】『いやな気分よ、さようなら コンパクト版』

いやな気分よ、さようなら コンパクト版

いやな気分よ、さようなら コンパクト版

『いやな気分よ、さようなら』は、発売以来、英語版で300万部以上売れ、「うつ病」のバイブルと言われている。抑うつを改善し、気分をコントロールするための認知療法を紹介する。最近の大規模な調査によると、『いやな気分よ、さようなら』を読んだうつ病の患者さんの70%が、他の治療を併用することなく4週間以内に改善し、3年後でもその良い状態を維持していた。この効果は、薬物療法や他の精神療法と比べても、優れているものと言えよう。抑うつや不安な気分を克服するための最も効果的な科学的方法を、本書を読むことにより、学んでください。

星和書店の紹介ページより

私がこの本に出会ったのは、たしかSNSで誰かが言及していたのを見かけて、興味を持ったからでした。その当時私はたしか大学の4回生で、日常的に強いストレスを感じていました。「いやな気分よ、さようなら」というタイトルをみて「もっとポジティブになろうとか、月並みなことが書いてあるんだろうな」と思いながらも、有名な本だから何か違うだろうというので購入したのを覚えています。

実際に読んでみると、この本に対する印象はがらりと変わりました。なんと、ポジティブになろう!とは一切書かれていなかったのです。そんな共感に欠ける励ましの代わりに、この本は「10の認知の歪みのリスト」や「無気力に至る認知のリスト」など自分の思考を分析するツールをたくさん提供してくれました。何度か読んでいるうちに、私は自分の感情の背景にある認知に対して前よりずっと自覚的になれた気がします。この本で紹介されている認知療法というのは、あくまで「不適応的な感情の背景にある認知に自覚的になり、非合理なものがあればそれを排除していく」というもので、指示的だけど押しつけがましくはないのだということがわかりました。

もう一つ勉強になったことがあります。それは、認知療法なるものの存在です。恥ずかしながら私は、この本を読むまで「うつ病などの気分障害に対するカウンセリングによる治療法としては、フロイトがやっていたような精神分析しかない」と思い込んでいました。今からすると、「私ってほんとバカ」って感じです。これをきっかけに、私は今まで無関心だった心理療法の世界に俄然興味を持ち始めました。今まで無関心だったからこその反動かもしれません。「心理療法はどこまで進歩したのか?」ということが、急に気になってきたのです。

これ以降、数か月におよぶ私の心理療法セルフヘルプ本渉猟が始まります。

【2冊目】『フィーリングGoodハンドブック』

フィーリングGoodハンドブック

フィーリングGoodハンドブック

『フィーリングGoodハンドブック』はうつ病や憂うつに対する認知療法の書として大ベストセラーとなった『いやな気分よ、さようなら』の続編。『いやな気分よ、さようなら』は、主にうつ病や憂うつが対象になっていましたが、『フィーリングGoodハンドブック』は対象が不安、緊張、恐怖、コミュニケーションなどにも広がり、日常生活で出合うさまざまな気分の問題に対処する方法を具体的に紹介します。書き込みをしていくワークブック形式のため、『いやな気分よ、さようなら』よりさらに実用的です。うつの人だけでなく、気分よく日々を過ごしたいと思っているすべての人に有用です!

星和書店の紹介ページより

『いやな気分よ、さようなら』を読み、認知療法なるものが存在することを知ってしまった私はそこで止まりませんでした。調べてみると、認知療法はのちに行動療法と合体し、認知行動療法(CBT)が生み出された、とあります。そこで、次に読んだのがこの本でした。

なお行動療法というのは、「認知・感情・行動の中の、とくに行動に介入することで、この3つ全体を望ましい方向に変えていく」というものです。不安や強迫性障害の治療法としてよく使われます。

この本は、『いやな気分よ、さようなら』の続編ではありますが、続編というより増補完全版といった方が近いような気がします。『いやな気分よ、さようなら』を読んでいなくても本書は理解できますし、『いやな気分よ、さようなら』に書いてあることはたいてい本書にも書いてあります。目次も本書の方がしっかりしており、検索性に優れています。おまけに、星和書店さまの説明文にもあるようにこの本にしか書かれていないこともあるのです。目立った欠点は、分厚すぎて持ち歩くのに不便ということくらいでしょうか。

私はこの本を読み、そしていったん満足しました。「CBT、完全に理解した」という気持ちになったのです。認知療法に新たに加えられた行動療法の要素は、「回避行動が不安を強化する」というもので受け入れやすかったですし、コミュニケーション技法として紹介されていた傾聴とアサーションは、わかりやすく実用的なアドバイスでした。私はそういった記述を「なるほどなるほど」と納得しながら読み、そしてそれがあまりに理解しやすかったので、これで終わりにしてもいいかなという気になったのでした。

しかしこの本も前著よりは新しいとはいえ、原著の出版は1990年です。出版から今までの間に、大きな進歩があったかもしれません。調べると、すぐに文脈的認知行動療法というワードがヒットしました。いったん満足していた私ですが、知識を1990年からアップデートするのは必要かもしれないと思い、勉強することに決めます。

こうして私の心理療法渉猟は、もうちょっとだけ続くことになりました。

【3冊目】『弁証法的行動療法実践トレーニングブック』

弁証法的行動療法(DBT)は、自分でうまく制御できない、激しくつらい感情を抱えて苦悩する人々を援助するために開発された治療法で、特に境界性パーソナリティ障害を持つ人に有効です。DBTは、非常に効果的な治療法であり、これについて書かれた本は、沢山あります。ただ、非常に難解で読みづらい解説書がほとんどです。なぜこんなにわかりやすいんだろう、早くこの本にたどり着いていればどんなによかっただろうか、などの多くのコメントが寄せられている本書は、この難解な治療法をきわめてわかりやすく、実践的に解説しています。特に、自分の感情や周囲の環境とよりうまく付き合ってゆくためのDBTの4つの主要スキル(苦悩耐性・マインドフルネス・感情調整・対人関係)を自ら段階的に習得できるように、多くの具体例や練習を工夫して取り入れています。 耐え難い感情に苦しんでいるすべての人にとって、本書は感情をうまくコントロールするための実践ワークブックです。

星和書店の紹介ページより

2冊目までのところで、伝説の文脈的CBTなるものの存在を聞きつけ、それを探しに冒険の旅に出るところまでお話しした(注:してません)と思います。ここまでは順調だったのですが、ここで私は大きな障害にぶち当たることになります。その障害とは「どれを選んだらいいのかわからない」です。

文脈的CBTって言われる心理療法は、ひとつじゃないんですよ。私が知っているものだけでもこれだけあります。

  1. 弁証法的行動療法(DBT)

  2. マインドフルネス認知療法(MBCT)

  3. ACT

  4. 行動活性化(BA)

  5. メタ認知療法(MCT)

しかも、Wikipediaなどの説明を見る限りどれもよく似ているのですよね。そりゃ細かいところまで踏み込めば、違いがないわけじゃないんですけど、カウンセリングを受ける場合にだけ表面化する種類の差異が多いなと思います。セルフヘルプという文脈だと違いが出にくいんです。迷った挙句、文献が手に入りやすいものを選ぶことにしました。まあ妥協です。その条件でふるいにかけるとDBTかACTに絞られ、わかりやすいという本書の評判に釣られて、この本を選んだわけなのです。

ここで私は第2の障害にぶちあたったのでした。今度は何かって、単純なことですよ。わからなかったんです。

いや、本の著者の責任ではありません。星和書店さまの「本書は、この難解な治療法をきわめてわかりやすく、実践的に解説しています」という紹介文は嘘でも誇張でもありません。記述は具体的で実践に即した内容であり、あいまいなところなど全くありませんでした。私も、わからなかったとは云っても、局所的には理解できたんです。どこかひとつのページを選べば、そこに書いてあることは理解できたんです。ただ、全体をざあっと読んで、DBTの提供する世界観がつかめなかっただけです。

私は思うのですよ。心理療法の理論というのは、疾患に対する洞察を提供し、世界観を提示する役割があると。たとえば認知療法であれば、「不適応的な感情の原因は不合理な認知である」という物語があったわけです。これは理論的には正しいかどうかわかったものではありませんが、ともかく疾患に対する一貫した説明を提供してはいたわけです。ところがこの本を見る限りDBTにはそれがない。

DBTの対象である境界性パーソナリティー障害(BPD)というのは文字通りパーソナリティ障害でありまして、DSMII軸障害なんです。I軸障害気分障害のこと。うつ病とか双極性障害とか)とは違うものです。その背景には複雑性PTSDであるとか幼少期の被虐待体験であるとか、愛着障害であるとかいったものがあると言われているのです。

それなのに、この本はそうした原因を探ることを一切しない。症状として現れている感情調節障害に対して、感情が行動に直結しないように行動変容訓練をしたり、適切な感情のこらえ方を教えたりするだけなのです。そういった訓練や知識は確かに有益には違いないのですが、しかしそこにあるはずの思想がまったく欠けているのは、いったいどういうことなのか。

私は途方に暮れてしまいました。

おそらく、私は間違ったものに手を出してしまったのでしょう。ひょっとしたら、そもそもDBTはセルフヘルプに向いていなかったのかも。そういえばこの本も、タイトルがまじめな感じですものね。ほんとにセルフヘルプ本なら、もっとうさんくさいタイトルじゃなきゃ。たぶんこの本は『セラピストが、意欲的なクライエントに自習用に渡す本』だったのですよ。自分の部屋に閉じこもって、ひとりぼっちで読む目的に最適化された本では、なかったのですよ。きっと。

【4冊目】『うつのためのマインドフルネス&アクセプタンス・ワークブック』

「うつ」は行動である。このまったく新しい見方に基づいて本書が提案するのは、マインドフルネスとACTの技法を用いた、革新的なうつからの脱出プログラムです。うつに悩む人々の実話と数多くのエクササイズで理解を深めながら、9つのステップ を踏み、うつの罠から抜け出し、本当に望む、価値に沿った人生を探求していきましょう。本書はあなたが活き活きとした人生を手に入れる手助けをします。

星和書店の紹介ページより

文脈的CBTをなんとしてでも理解したい……そう思った私は、次にACTの本を読むことにしました。ACTの本では、『よくわかるACT』『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』の評判が良かったのですが、前者はセルフヘルプ本ではないし後者は精神医学専門ではない筑摩書房からの本だったので、この本にしました。

私が読んで理解したところによると、ACT*4古典的CBTの続編のような立ち位置にあるみたいです。「体験の回避をやめてコミットメントをし続けよう」という(ちょっとチアリーダーっぽい)行動療法的な部分と、「価値判断や因果づけなどの判断をやめて、描写に徹し、自分の感情を観察しよう」「思考や感情とフュージョンするのをやめよう」といった認知療法的な部分を併せ持っています。古典的CBTでは「認知を自覚して、修正する」ということが強調されていましたが、ACTでは「認知を自覚する」までは一緒ですけど、そのあとフュージョンしよう!とか「自分と思考は別の物です」とかそういう話になります。修正までは目指さず、認知に囚われないことを目指すんです。

やはりCBTですので、症状の背景にあるトラウマとか愛着障害とかそういったものついては無頓着です。したがって幼少期からうつに苦しんでいるような、慢性的なうつのひとには向かないと思いますが、私は読んでよかったと思っています。なぜかというと、この本のおかげで仏教に対する理解が深まったからです。

文脈的CBTにはマインドフルネスという技法が共通して登場するのですが、これの原型は仏教などで古くから行われていた瞑想にあります。とくに、ACTも仏教の影響を受けています。仏教と言っても日本で最も普及している浄土宗系ではないです。念仏唱えません。どちらかというと禅です。マインドフルという言葉には、「現在のこの瞬間に感じているものを、判断をせず取りこぼすことなく感じつくす」という意味があるのですが、これって禅っぽいじゃないですか。

私には否応なしに仏教に触れないといけない機会が今まで何度もありましたので、せっかくだから仏教もちゃんと勉強しようと思いその手の本を読んだことがあったのですが、どうも言い方がぼやっとしていて曖昧で明解さに欠けるというか、実践が強調されるばかりで理論や思想がわかりにくいなと感じていました。アジアのすごい思想あるあるな気もしますが。その点、CBTはこれ以上ないくらい理屈っぽいので理解しやすかったというわけです。

【5冊目】『自分を変えれば人生が変わる』

「冷たい人をいつも好きになっていませんか?」「自分の自信のなさがバレたら誰も自分のことを受け入れてくれないと感じていませんか?」「自分より人を優先するので,自分が望むことや欲しいものが満たされてないと感じていませんか?」 このような人生を通じて繰り返されるスキーマ(思考・行動・感情のパターン)を本書では[性格の癖]と呼んでいます。[性格の癖]は,子どもの頃に見捨てられたり,過保護に育てられたり,虐待されたり,仲間はずれにされたりといった経験から作られていきますが,それは大人になってからも持ち続け,自信を持てなくなったり人生を楽しむことができなくなったり,うつ病や依存症,パニック症といった心の病気に影響を与えることにもなります。 本書では,よくみられる10の[性格の癖]を取り上げて,どうすればそれに気づき,理解し,変えていくことができるのか紹介していきます。本書で紹介されるたくさんの事例やチェックシートを参考に,あなたを困らせている[性格の癖]に向き合って,自分自身の人生を取り戻しましょう!

金剛出版の紹介ページより

スキーマ療法創始者J.E.Youngが書いたセルフヘルプ本です。「スキーマ療法」というキーワードによる検索で引っかからないので、見つけるまでに時間がかかりました。

スキーマ療法は、認知行動療法をベースに、愛着理論やゲシュタルト療法など既存の理論と技法を組み込んで作られた、パーソナリティ障害を有するひとを対象とする治療法です。私の理解する限りでは「幼少期の親との関係を現在の関係に持ち込んでしまっていないか?そのために生じている対人関係の歪みに気づこう」という感じです。早期不適応的スキーマは、親との関係の中で満たされなかった中核的欲求に応じて生まれてくるとされるので、人間関係の話が中心です。

原著の出版が1993年と古いため、新しいスキーマ療法のテキストとは矛盾することが書かれていることがあります。そもそも早期不適応的スキーマの数からして違いますし。また、モードワークの話がありません。なのでスキーマ療法の勉強には全然使えませんが、それでも私には結構参考になりました。「従う」と「逃げる」と「逆らう」の3つのコーピングスタイルがあるという話には納得させられましたし、対人関係に対するアドバイスが豊富なので、理論的にまとめられた人生相談集という感じで読んでいて楽しかったです。とくに恋愛関係は重要らしくて、恋愛相談が充実しています。

【6冊目】『マインドフル・セルフ・コンパッションワークブック』

マインドフル・セルフ・コンパッション(MSC)とは,他者へ向けるような優しさと理解を自分自身にも向けることで心身の健康や困難からの回復力(レジリエンス)を向上させる,実証的根拠のある心理プログラムである。本書はMSCの概要を学ぶだけでなく,豊富なエクササイズや瞑想実践を通じて,様々な場面で自分が苦しんでいるときを知り(マインドフルネス),自分に優しさと理解をもって反応する(セルフ・コンパッション)ことを身につけられるよう構成されている。たとえ不完全さがあっても,自分と自分の人生を大切にできるようになり、より充実した毎日を送るための「自分への思いやり」トレーニングブック。

星和書店の紹介ページより

通販サイトのサジェストで見かけて「お、新理論かな?」とつい興味を惹かれて読んでしまった一冊。いかにもうさんくさそうな見た目なんですが、実証的な研究に基づいたことが書かれています。巻末に長い参考文献のリストが載っていますよ。

ただ、正直言ってがっかりしました。このMSCという理論はセルフヘルプ本を出版するにはちょっと新しすぎるみたいですね。まだ実験段階というか、今後試行錯誤して改良されたり、ほかの心理療法と組み合わされたりしていくべき段階なのだと思います。具体的な指示がたくさん書かれているのはいいんですけど、原型となった宗教的実践から適切に距離をとれていない感じがします。

「巻末に長い参考文献のリストが載っています」と書きましたが、「まだ理論そのものが広く受け入れられていなくて、論争段階だから書く必要があった」ということだったのかもしれません。常識となった理論なら、参考文献など書くまでもないはずですからね。

この本を読んでしまったということは、私の渉猟もそろそろ終わらせるべきということなのかもしれないですね。私が学ぶべき理論は、もうなくなってしまったのかも。寂しいですが、まあそろそろかなあと思っておりました。

【7冊目】『トラウマとアディクションからの回復』

本書は,トラウマとアディクション両方の問題を抱えた当事者が,治療者やカウンセラーの助けを得ることができない場合でも,自分自身で問題に取り組み回復の道を歩めるようにと「セルフヘルプ(自助)を第一の目的として書かれた治療ガイドであり,回復の援助となる多くの仕掛けや工夫が散りばめられている。各所に置かれた質問やエクセサイズには,たとえ読者がひとりぼっちの部屋でこの本を開いていたとしても,信頼できる治療者やカウンセラーが傍らに腰かけてそっと支えてくれているような感覚を味わうことができるようにという願いが込められている。そして,全章にある当事者の示唆に富んだ短い体験談は,ときに険しく苦しい読者の回復の道を照らし続けてくれる希望の光である。このような意味で,本書自体に支援共同体としての役割が期待できるであろう。トラウマとアディクションに苦しむ人びとと家族,援助者のための実践的なワークブックである。

金剛出版の紹介ページより

「そろそろ心理療法の勉強はやめようかな」と思っていた私ですが、トラウマPTSDについてちっとも学んでいないことに気づきました。トラウマは抑うつと同じくらい頻繁にみられる心理的苦境ですから、学び漏らすわけにはいきません。そこでこの本を読んだわけです。

トラウマについての心理療法には2種類あります。「過去に焦点を当てるタイプ」と「現在に焦点を当てるタイプ」です。この本によると、「過去に焦点を当てるタイプ」はトラウマ体験の想起をプロセスに含むのでより感情的な苦痛が大きい(従ってセルフヘルプが不可能)そうなのですが、しかし(驚くべきことに)治療効果は「現在に焦点を当てるタイプ」と変わらないのだそうです。この本はシーキング・セーフティという理論に基づいているらしいのですが、これは「現在に焦点を当てるタイプ」に属しているみたいです。*5

しかし、そのシーキング・セーフティとはいったい何だったのか。どのような思想に基づいているのか。読み終わったというのによくわかりません。私の率直な印象は「DBTにトラウマケアの要素を足したもの」です。セルフ・コンパッションとかグラウンディングとか、既存の技法を取り入れているところばかりに注目してしまっているせいかもしれませんが……「アディクション治療とトラウマ治療を同時にやっている」以外の特徴がつかめませんでした。

「トラウマを与えた相手のことを、許す必要はありません。トラウマに遭った自分自身のことは許してあげてください。でも、相手は、許したくなければ許さなくて構いません」と書いてあったのには、ハッとしました。著者の優しさに触れたような気がして、嬉しかったです。理論に興味がある私としては不満もありますが、現在のところトラウマの問題を抱えているひとには勧められます。

とくに、自分のセラピストが優れているかどうかを判断する方法(ヘルピング・アライアンス)についてしっかりした記述があるのはこの本が初めてでした。当事者に対する配慮が感じられます。

【8冊目】『私をギュッと抱きしめて』

私をギュッと抱きしめて―愛を取り戻す七つの会話

私をギュッと抱きしめて―愛を取り戻す七つの会話

意図して仲をたがうカップルはいない。感情やそれに伴う言葉が生み出す絆のほつれである。綻んだ絆の結び直し。それは簡単な所作だが,二人だけの深遠な共同作業。彼らが求めるのは決して失敗しない確かな療法だ。カップルセラピー――。それは,意図せず綻んだ互いの糸を糾い直すケアの手法である。互いの脳内に刻まれた愛着がありながら,二人を引き離す感情の瞬間に着目し開発された「感情焦点化療法」という新しいケアは,カップルがお互いに心を開き,波長を合わせ相手の働きかけに応じられるよう導く最新のセラピーだ。療法を受けた7割以上の夫婦が愛情を取り戻すという驚異の成果を生み,世界中で注目を集めている。本書は,その第1部で互いの感情形成から愛とは何かを問いなおし,第2部では「感情焦点化療法」を概説しながら「『悪魔の対話』に気づく」「むき出しの箇所を見つける」など,会話などにおける危機の瞬間とその回避方策を提示し,第3部では互いの人生を創り合う愛の力を説いて「健全な依存」の在り方に言及する。失敗が許されないカップルセラピー。本書は,その確かな手法を丁寧な事例研究をもとに提供する治療者の道しるべだ。

金剛出版の紹介ページより

感情焦点化療法(Emotionally Focused Therapy, EFT)によるカップル・セラピーのセルフヘルプ本。離婚寸前の夫婦関係を再び健全な愛着関係に誘導するにはどうしたらいいか?という内容です。

古典的CBTにもコミュニケーションの話は出てきます。でも傾聴とアサーションだけなんですよね。これは有用なスキルなのですが、対人関係での摩擦を生じさせないことを目的とした汎用的スキルであって、親密な関係に特化したものではなかったのです。

古典的CBTも文脈的CBTもそうですが、CBTはいつも表面に現れている問題だけを見ていて、「そもそもなぜ対立が生じるのか」といった視点がないですね。それはCBTの長所でもありますが、欠点でもあります。その「表面的で原因への洞察がない感じ」に最近私は違和感を持つことがありまして、それでEFTの本に手を出してみました。

SNSを見ていると、夫婦関係の愚痴が流れてくることがあります。それで「このひとたちはどうしたらいいのか」という下馬評やらアドバイス合戦が始まったりするんですが、私の知る限り「悪いのは男性か、女性か」という犯人捜しに終始するものばかりです。EFTでは、夫婦関係を破綻させる特徴的なコミュニケーションのパターンを抽象化して取り出し、「悪いのは男性でも女性でもなく、ここに示すような悪魔の会話である。これは常に成り立つ」と宣言します。

私はちょっと感動しました。これこそ、理論の力ですね。EFTの理論を前提にしない限り、「特定の会話パターン」を取り出してそれに責任を転嫁するなんてことはできませんからね。男女の問題を「個人の問題」ではなく、一般化して「愛着の問題」とするだけで、景色が変わって見えました。

【9冊目】『トラウマへのセルフ・コンパッション』

トラウマへのセルフ・コンパッション

トラウマへのセルフ・コンパッション

本書は,トラウマ(PTSD)の治療に有効だといわれるコンパッション・フォーカスト・セラピー(Compassion Focused Therapy;CFT)と呼ばれる心理療法を基礎としている。CFTは自分自身に手を差し伸べ,支援し,励ますことを教え,私たちを実際に癒すことができる。 トラウマ経験に苦しみ,現在も苦痛を伴うフラッシュバックや記憶,感情に苦しんでいる人々を支援するために書かれた本書は,パートⅠではトラウマ的な出来事の影響や反応,脅威を解説し,慈悲の心により脅威の感情を消すことがきること,子どもの頃に受けた思いやりの経験がセルフ・コンパッションの発達に影響を与えることを紹介し,パートⅡでは,慈悲の心を養うために必要なスキルを取り上げ,パートⅢでは,トラウマを抱えた心を癒すために慈悲の心の特性を用い,自らのライフ・ストーリーを振り返って,人生に対するより優しく慈悲的な見方を生み出し,前進させる手助けをワークシートを通して解説し,個人,あるいはセラピストと一緒に取り組めるように構成されている。 慈悲は人間のウェル・ビーイングにとって非常に重要なものであり,心の慈悲の性質が健康とウェル・ビーイングと同様に実際に脳や体,社会的な関係に影響を与えることを,近年の科学的な研究の結果が明らかにしている。 トラウマを抱えた人々と20年にわたり接してきた著者が,多くの事例とエクササイズを通して,過去のトラウマ体験やトラウマを克服し,望ましい人生と相応しい人生を手に入れるための実践的な方法を紹介する。

金剛出版の紹介ページより

トラウマについて勉強するために読みました。自分に対する慈悲の心を養おうって言ってます。仏教ですねえ。

タイトルには書かれていませんが、やはりマインドフルネスが出てきます。瞑想です瞑想。ちかごろのCBT系の心理療法はなぜこうもマインドフルネスを取り上げるのでしょうか。技法としては有用かもしれませんけど、理論的なおもしろさがあるわけではないので、そろそろその先を見せて欲しいものです。欧米の皆様にとっては目新しいのかもしれませんけど、我々日本人は1000年くらい前からずっと聞いてるので慣れっこなのですよ。

現在日本語の自助本で勉強できる心理療法はほぼ勉強しつくした感があります。

【補足】文脈的CBTという呼称について

私がこの記事で「文脈的CBT」と読んでいる一群の心理療法には、「第3世代CBT」という呼び方もあります。というか、どちらかというと第3世代という呼称の方をよく見かけます。なんで文脈的CBTという、やや少数派の方の呼び方を採用したか説明します。

「第3世代」と言ってしまうとどうしても「古いものにとって代わる新しいもの」というイメージがついてしまうんですよね。でも実際のところ第3世代CBTは、古典的CBTを排除するようなものではありません。むしろ補完するようなものです。

英語だとThird Wave CBTっていうみたいです。直訳すると「CBTの第3の波」で、「とってかわってやるぞ感」はだいぶ軽減されます。しかし3という具体的な数字が依然として入ってしまっています。これでは「1はなに?2はどこ?」って気になってしまいますよね。

共通する技法に着目して「マインドフルネス&アクセプタンス・セラピー」ということがあるみたいですが、長すぎますし、CBTの後継だということがわからなくなってしまっています。それにカタカナばかりのせいでスピリチュアル系のような響きがあり、初学者に敬遠されてしまいそうです。

そういうわけなので、私は文脈的CBTという呼称を採用しているのです。

【結論】自分も学んでみようかなという人へ

以上「いろいろと本を読みました」というお話をしてきました。「ちょっと興味がある」「私も学んでみたい」という人のために、何をどの順番で読めばいいのかという話をします。

精神的な問題の中でも、以下に挙げるものは比較的頻度が高いものです。

  • 抑うつ、不安

  • パートナーとの衝突

  • トラウマ、PTSD

したがって、こうした問題への知識と対処法を学ぶことを目標にされるのが望ましいでしょう。結論から言いますと、以下に挙げる本をこの順序で読まれることを勧めます。

  1. 『フィーリングGoodハンドブック』

  2. 『自分を変えれば人生が変わる』

  3. 『私をギュッと抱きしめて』

  4. 『うつのためのマインドフルネス&アクセプタンス・ワークブック』

このラインナップと順序が、もっとも理解しやすく、かつ本同士の内容の重複を最小限にして、かつ現在の心理療法のありようを十分に概観するのに適していると思います。この順番は、原著が出版された年代順に並べたものですが、この順番で読むと、心理療法が進化していく過程が最もわかりやすいはずです。(トラウマについては、現在日本語で読める気に入った自助本は見つけることができませんでした)

最後に注意というかマニアである私の現在の思いを書いておきます。心理療法セルフヘルプに対する期待と失望と、そして愛着の話です。

薬物療法に対して懐疑論があるのと同様、心理療法に対しても懐疑論はあります。「心理療法は不要」まで強めるとさすがに誤りだと自信をもって言えるのですが、懐疑的になってしまうのは多少は仕方ないですね。薬物療法と違って二重盲検法が使えないとか、そういう問題もありますし。

そして、私はいまセルフヘルプの話をしているわけですが、実はここにも問題があります。セルフヘルプは、カウンセリングとは違いますから。心理療法の効果を強く予測する因子として「クライエントとセラピストの人間関係」があるという話があります。治療関係が本質的で、セラピーが対人関係療法だろうと認知行動療法だろうと行動活性化であろうと、理論の違いはあまり効果に寄与しないということです。このことをドードー鳥の裁定と言ったりしますが。だとすると、セラピストがほぼ関与しない、セルフヘルプの効果は限定的であろうということが容易に想像できますね。果たして、この記事および私のやってきたことには意味があったんでしょうか?大ピンチですね。

学び始めたころ、私は本が展開する展望にいちいち興奮していたものでした。いまは、心理療法の理論に私が心を強く動かされることはめったにありません。無価値だったとは言いませんけれど、今後私と同じ道をたどろうとする人がいたら、私は「セルフヘルプ本を渉猟するよりはセラピストを訪ねた方が気分は楽になると思う」と言って忠告します。「気分を楽にする」という目的のためには、勉強よりも良好な対人関係を得ることの方がよほど有用なのです。これに関しては、私はもう諦めています。

ただ、セルフヘルプ本を読むことに何の意味もないとは言いません。「こうしたことは、わざわざ勉強しなくても私はもう知ってたよ」というひとも確かにいますが、しかし教わるまで思いもよらなかったというひともいるのです。そういうひとには間違いなく有用だと思います。また、そういうひとでなくても、現実の対人関係やインターネット、SNSや雑誌などを利用することに比べて、心理療法セルフヘルプ本を読んで勉強することには次のような利点があると思います。

  1. 信頼性が高い。心理療法は実証的に効果が確かめられなくてはいけないという制約があるので、根拠のないことは書かれていない。必要な情報が得られないリスクはあるが、しかしその分間違ったことを学んでしまうリスクが低い。

  2. 内容が普遍的である。個人の偏った経験だけに基づく意見は書かれていない。多くのひとに共通して当てはまることが書かれている。もし、ひとによって異なる場合は「人による」と明記されている。

  3. 理解しやすい。心理療法セルフヘルプ本はどれも理屈っぽく、論理的に順序だてて書かれている。また1冊にまとまった量の記述がある。したがって経験からの学習や他人の話を聞くこと、インターネット・サーフィンなどに比べると学習効率が良く、より短時間で多くのことを学ぶことができる。

  4. 価値判断が含まれない。学問として成立しているものなので、主観的な意見や文化的ルールの押し付けがより少ない。雑誌や知人の話を情報源にすると文化的ルールの押し付けに遭うことは避けられないが、セルフヘルプ本ではその程度が軽くなる。

興味があれば、ぜひどうぞ。

*1:以上のようなことは、『フィーリングGoodハンドブック』の第2章に詳しく書かれています

*2:電気痙攣療法などの物理療法も最近はあります。興味のある人は調べてみてください

*3:実際、症状が軽いうつ病患者に対する薬物療法は偽薬と同程度にしか効果がないという実験結果があるほどです。これについて詳しく知りたい人はマイヤーズ『心理学』(西村書店)の第16章「セラピー」を参照のこと

*4:アクトと読みます

*5:「過去に焦点を当てるタイプ」としてはEMDRなどがあります