latest update: 2022.06.11
2022.06.11 警告をCSSを使って目立たせました.
この記事をまじめに読まないでください.この記事は私の経験を記録しておくためのもので,「昔はこういう意見だったんだな」という資料としての意義しかないものです.従ってここに書かれている私の意見はとても!非常に!古いです.しかも今後最新の意見に更新されることはありません.
より新しい私の意見については,次に挙げる「大学数学の文献案内」の記事を見てください.そこで代数幾何の入門書も紹介しています.
はじめに
代数幾何というのは,サクっと言うと多変数の多項式の共通零点で表されるような図形を調べる分野である.
きわめてオシャレで洗練された手法を駆使する分野であり,代数系の学生の間で人気がある.
しかし理解するのに必要な前提知識が膨大であることでも有名で,代数幾何を学ぶひとはしばしばストイックに演習問題を解き続ける苦行を自らに課す.ひたすら修行僧のように勉強し続けても報われず,代数幾何のせいで人生を棒に振ってしまったと嘆くひともいる.こわい分野である.
以下は老婆心からの忠告である.余計なお世話だと思うが目を通してくださるとうれしい.
代数学を勉強したひとの中には,今まで可換代数を勉強してきた延長としてそのままHartshorneなどでスキーム論を学ぼうとするひとがいる.しかしそれはやめた方が良いと思う.それだとモチベーションがわからなくなってしまう.
大事なのは手法ではなくて,代数多様体という対象そのものである.「代数多様体はなぜ調べる価値のある対象なのか」という質問に自分の言葉で答えられない状態でスキーム論をやっても,定義のありがたみもわからないし,定理の意味も理解できない.
最先端の理論に追いつくための道具をそろえることも大事だが,まずは立ち止まってモチベーションを理解するための時間を作ってほしい.
文献案内
予備知識として,「代数幾何のための可換代数学」とでもいうべきものが必要である.伝統的にAtiyah-MacDonald 可換代数入門や松村「可換環論」が勧められる.変わり種としてKunz「可換環と代数幾何入門」があるほか,比較的新しい本として永井「代数幾何学入門」がある.
リーマン面や代数曲線・代数曲面についての勉強も必要である.Forster「Lectures on Riemann Surfaces」や小木曽「代数曲線論」などがある.自分でいろいろ探してみて欲しい.
代数幾何の文献をリストアップしていくとこんな感じになる.
岩波から出ていた上野健爾「代数幾何」.残念ながら現在絶版.
複素代数幾何ならPhillip Griffiths&Joseph Harris「Principles of Algebraic Geometry」が有名
スキーム論抜きの入門書としてWilliam Fulton「Algebraic Curves」を読んでいる人をよく見かける
David Mumford「Complex Projective Varieties」も代数幾何のイメージがつかめる本として良いらしい
なお,某先生に伺った話では,数論幾何に進みたい場合はスキームコホモロジーと楕円曲線を理解することが必須であるそうで,HartshorneのほかAECを読んでおくべきであるとのこと.またホモロジー代数もderived functorとスペクトル系列くらいまでは必要であるというお話だった.類体論は後回しにしてもそれらを優先すべきと言われた.
他の人にも話を聞いた.院生のIさんに伺った話では, Mumford「Abelian Varieties」を読めばAECは読まなくても大丈夫で,Hartshorneの2章と3章を読んでから,その後のことを考えればよいということだった.数論幾何はとにかくコホモロジーが出てくるので,河田ホモロジー代数程度のことは知っておくとよいとも話されていた.類体論は「使えれば十分」だそうだ.
ここまで私の経験に基づく話をしてきたが,専門家の方が書かれた文献案内も参考になる.
京大の藤野修先生の書かれた文献案内: https://www.math.kyoto-u.ac.jp/~fujino/ag-ref.pdf
桂利行先生が書かれた文献案内 : 実用家向きの代数幾何学文献案内(定評ある教科書・古典的書籍)
早稲田のKaji Hazime先生による文献案内:http://www.f.waseda.jp/kaji/text/index.html
ハーツホーン
有名かつド定番の教科書.代数幾何を学ぶ者は必ず読まねばならぬ必読書であるが,その難易度の高さ故「はーつらいホーン」と呼ばれる.とくに,重要な命題の証明を演習問題に丸投げする横着さにより,多くの数学徒の恨みを買っている.
私の大学では4回生になると先生についてもらって少人数でゼミを行うことになっている.そこで私がこの本の名前を挙げると,3人の先生が皆口を揃えて「この本をゼミで読んでも良いことはない」とおっしゃっていた.他にもっと適切な本があると.*1
とくに詳しく話を聞くことができた一人の先生にいわく,
数学の研究は孤島に侵攻するようなもの.まず艦砲射撃でもって敵の迎撃力を削ぎ,しかるのちに上陸して白兵戦を挑む. Hartshorneには一般的なことしか載っていない.一般論は大砲である.いくら強い大砲を持っていたところで,敵をねじ伏せる腕力が無ければどうにもならない
とのこと.
「Hartshorneは文法書である」とも仰っていた.「Hartshorneをゼミで読むというのは,日本文学を研究するのに日本語の文法を学ぶようなもの」だそう.
以上,否定的な意見を書いたが……話題の選び方や書き方に安心感を感じることはある.これほどまでに有名な本を差し置いてまで読むべき本は,まだ現れていないのかもしれない.
邦訳があるのだが,3分冊になっているのが逆に不便なので原著を買われた方がよいと思う.
演習問題の解答がおいてある場所のリスト:
日本語版では訳者が演習問題に解答をつけてくださっている
Math 256A Algebraic Geometry Fall 2012 (Tex files of solutions to some of the homework problemsって書いてあるところをクリックすれば見られる)
モーデル・ファルティングス
モーデル・ファルティングスの定理とは,種数が2以上の数体上の曲線は有限個の有理点しか持たないというとても強い定理である.これはファルティングスにより1983年に証明されたのだが,のちにボンビエリとヴォイタにより初等的な証明が発見された.この本はその初等的な方の証明を説明することを目標にしている.
数論の具体的でつよい定理を目標にしているため,モチベーションが明確で問題意識を見失いにくいという優れた特長がある.今後こういう本が増えていくといいね.
マンフォード
原著はRed Bookの通称で親しまれる定評のある教科書The Red Book of Varieties and Schemes.その翻訳である.
Amazonではプレミアがついて何倍にも高騰しているが,実は2021年2月現在,絶版ではない.hontoでは定価で購入できる.Amazonではプレミアがついている本でもhontoなど他の通販サイトでは定価で買える,というのはたまにあるので気を付けよう.
上野代数幾何入門
代数幾何の歴史的経緯や関心事がざっと概観できると思う.本格的な本では全然ない.
Liu
これも有名な教科書.数論幾何をやりたいひとが読んでいるというイメージ.
Bosch
可換環論の初歩から初めて代数幾何までカバーしてくれる.他の本が自明だとかぬかしてる箇所を懇切丁寧に説明してくれるありがたい本.たとえば,次数環の話とか層化の構成とかが丁寧.あと,忠実平坦な射の性質を使ったアファインスキームの構成の話が載っているのが貴重.
Görts Wedhorn
2010年出版のわりに新しい本.辞書っぽい雰囲気をたたえた分厚い本だが,実際これは辞書である.通読するにはストーリーが欠けているが,参照するには便利.巻末に射のPermanenceを羅列した長ーいリストがある.なおPermanenceとは,「~という性質は……という操作によって保たれる」という感じの命題のこと.さらに射の性質の相互関係の樹形図までついてくる.そういうのが好きな人にはたまらん本かも. このページに正誤表へのリンクがある.付録に可換環論と圏論の予備知識が結果だけまとめられている.
スキームのコホモロジーは第2巻で扱うと予告されているが,第2巻はまだ出ていない模様.第2巻が出ました.
*1:追記:ある先生には,代わりにWilliam Fultonの「Algebraic Curves」を勧められました.この本は絶版ですが,ミシガン大学のページからPDFが無料で落とせるみたいなのでぜひ読みましょう