ハーツホーン「代数幾何学 」(原著1977)

(最終更新2019.7.9)

なにこれ

代数幾何学 1

代数幾何学 1

代数幾何学 2

代数幾何学 2

代数幾何学 3

代数幾何学 3

Robin Hartshorne「Algebraic Geometry」(1977) の高橋宣能(Takahashi Nobuyoshi) による3巻からなる日本語訳です。京都大学の学生であれば、このページから原著のダウンロードが可能であります。私は日本語訳で読んでいますが、これから読み始めるひとには原著をオススメしたいところです。日本語版は演習問題に訳者による解答がついているのですが、そのメリットはそれほど大きくはないので。

よく知られた代数幾何の教科書です。


これから読む人へ

著者自身が「はじめに」で次のように述べています。

読者は環・イデアル加群・Noether環・整従属性に関する基本的な結果に慣れ親しんでいるものとする。また、可換代数またはホモロジー代数に真に属する結果については必要に応じて文献への参照付きで述べるので、受け容れるかあるいは文献を読む意志があるものとする。

要は可換環論の基礎的なことは理解しているものと仮定されている、ということですね。圏、関手、自然変換、圏同値の定義も知っておくと役に立つでしょう。

たとえば次に挙げる本に目を通しておくと良いです。

松村英之「可換環論」

可換環論についての有名な本。環論を初めて学ぶひと向きではないことに注意。

雪江明彦「代数学2 環と体とガロア理論」

ガロア理論と環論の基礎を学べる本。記述が丁寧なので初学者にも勧められます。

Atiyah‐MacDonald 可換代数入門

略してアティマク。有名な可換環論の本。

T.レンスター「ベーシック圏論 普遍性からの速習コース」

基礎的な圏論を学べる。Kan拡張は載っていないが、わかりやすいという長所があります。略称はベシ圏。

Emily Riehl「Category Theory in Context」

Kan拡張が載っている、やや詳しめの圏論本です。


概要・あらすじ

だいたい多項式の零点集合についての話です。(雑すぎる)


キーワード・キャラクター

スペクトラム

環の素イデアルの集合にZariski位相を入れたモノ。Zariski位相はめっちゃ粗いのでコンパクトにはなりますが、大抵の場合Hausdorffにはなりません。どうしてこんな位相を入れたんだ!と思うかもしれないですが、ただ位相空間を対応させるだけじゃなく関手になるようにしようと思うと、非自明な位相の与え方はあんまり選択の余地がないのです。

アファインスキーム

環の素イデアルの集合に、その上の層を対応させたモノ。環の圏と圏同値があるので、だいたい環。

スキーム

多様体 (manifold) とは局所的にユークリッド空間みたいになってる局所環つき空間のことですが、それに似せて作られた代数概念がスキームです。すなわち、スキームとは局所的にアファインスキームと同型な局所環つき空間のことです。グロタンディークが思いつき、代数幾何が飛躍的に発展するきっかけとなりました。

グロたんがスキームを考える前は、射影空間で斉次多項式の共通零点として表される集合 (射影多様体) が主に代数幾何の対象になっていたようです。射影多様体はスキームと違ってすべての点が閉点なのですが、それはあんまり重要な違いではないと M 先生がおっしゃっていました。むしろ重要なのは、構造層が整域に限定されてしまっていることだと。なるほどー?

局所環

可換環論で初めて登場したとき、「どうして局所環っていう名前なんやろな」と思いませんでしたか。代数幾何を勉強するとこのネーミングが納得できるようになります。つまりは、スペクトラムの構造層の茎が局所環になるから、局所的だと思えるわけですな。


この本に出会ったきっかけ

有名な本なので、大学に入ったときから存在は知っておりました。読むつもりはあんまりなかったのですが、ゼミに誘われてなんとなく参加したら意外とおもしろかったので継続したという経緯があります。


関連するモノ

ハーツホーンの特徴として、他の本ならば定理や命題として証明されているような事柄が演習問題に投げられていることがあります。これはこの本の重大な欠点のひとつです。幸い、現在はその間隙を他の本で埋めることが可能になっています。

Qing Liu「Algebraic Geometry and Arithmetic Curves」(2006)

variety が索引に載っていないことをとってもわかるように、古典的な代数幾何が書かれておりません。algebraic varietyは載ってますけど。数論幾何っぽい本らしいです。

Goertz & Wedhorn「Algebraic Geometry: Part I: Schemes. With Examples and Exercises」(2010)

辞書っぽい雰囲気をたたえた分厚い本ですが、実際これは辞書です。通読するにはストーリーが欠けてますが、参照するには便利です。巻末に射のPermanenceを羅列した長ーいリストがあります。Permanenceとは、「~という性質は……という操作によって保たれる」という感じの命題のことです。さらに射の性質の相互関係の樹形図までついてきます。そういうのが好きな人にはたまらん本かも。

Siegfried Bosch「Algebraic Geometry and Commutative Algebra」(2012)

可換環論の初歩から初めて代数幾何までカバーしてくれます。他の本が自明だとかぬかしてる箇所を懇切丁寧に説明してくれる実にありがたい本です。たとえば、次数環の話とか層化の構成とかが丁寧。あと、忠実平坦な射の性質を使ったアファインスキームの構成の話が載っているのが貴重。


好きなところ

話題の選び方や書き方に安心感を感じることがあります。Goertz&Wedhorn(2010)は辞書であって通読するもんじゃないですし。Siegfried Bosch(2012)はやや丁寧過ぎて内容が足りないところもあったりしますし。Qing Liu(2006)はHartshorneにはあるいくつかの話題がないですし。これほどまでに有名な本を差し置いてまで読むべき本は、まだ現れてないのかも知れません。


批判点

言ってやりたいことはたくさんあります。いらない仮定を置いたり、用語の定義が変だったり、本文で示すべき命題を演習問題に投げたり、アファインスキームの構造層の構成がわかりにくかったり…。まあ、ひどい本です。ちょっとでも変だと思ったらすぐにほかの本を参照しましょう。

とくに、読者に対して喧嘩を売ってくるのはやめていただきたい。なんですか「容易なので証明は省略」って。せめて紙面の都合に責任を負わせて欲しいですよ私は。

本当にHartshorneは「容易」を連発してくるので忍耐力が要求されます。あれですね、もしHartshorneがクリスティの薄い本を出したら、タイトルは「殺人は容易なので読者に任せる」で決まりですね。


この本の次は

続けて具体例がたくさん載っている本を読むべきとされます。

David Mumford「Abelian Varieties」

Abel多様体の有名な本。

Silverman「The Arithmetic of Elliptic Curves」

よくAECと言われる本です。楕円曲線の有名な本。

森脇淳 川口周 生駒英晃「モーデル‐ファルティングスの定理―ディオファントス幾何からの完全証明」

モーデル・ファルティングスの定理という大定理の証明を一から追っていく本。


感想とかコメント

Hartshorneという人名をもじって、「はーつらいホーン」と呼ばれたりします。

私の大学では4回生になると先生についてもらって少人数でゼミを行うことになっております。そこで私がこの本の名前を挙げると、3人の先生が皆口を揃えて「この本をゼミで読んでも良いことはない」とおっしゃっていました。他にもっと適切な本があると。

とくに詳しく話を聞くことができた一人の先生にいわく、「数学の研究は孤島に侵攻するようなもの。まず艦砲射撃でもって敵の迎撃力を削ぎ、しかるのちに上陸して白兵戦を挑む。Hartshorneには一般的なことしか載っていない。一般論は大砲である。いくら強い大砲を持っていたところで、敵をねじ伏せる力が無ければどうにもならない」とのこと。・・・・・・おもしろい先生ですよね。

「Hartshorneは文法書である」とも仰っていました。「Hartshorneをゼミで読むというのは、日本文学を研究するのに日本語の文法を学ぶようなもの」だそうです。ほほう。